(※写真はイメージです/PIXTA)

小児科医である大宜見義夫氏の著書『爆走小児科医の人生雑記帳』より一部を抜粋・再編集し、子どもたちとの心の触れ合いを紹介します。

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沖縄のトットちゃん…発達障害の彼女を前に医師は

中学二年時に受診したB子との出会いは初っぱなから型破りだった。彼女はニコニコ顔で着座し、両膝を左右に小刻みに震わせながら質問に応じた。

 

「夏休み楽しかった?」「楽しかったよ!」「嬉しそうね、今日は何か、いいことがあったの?」と聞くと、「あったよ! 今日、学校で『枕草子』を朗読しました」と答えた。

 

「へ~どんな風に? ちょっと聞かせて」と頼むと、即座に立ち上がって教科書を広げ、「春はあけぼの。やうやう白くなりゆく山際……」と、その一節を身振り手ぶりよろしく抑揚をつけ、声高らかに朗読してみせた。

 

この朗読がクラスでも大受けしたらしい。母親によれば、小さい頃は外では一言もしゃべらず、保育園でも場面緘黙(家庭では普通にしゃべれるのに、他人の前ではしゃべれなくなる状態)の指摘を受けていたという。

 

ところが、小学四年生の時、志村けんのお笑いDVDを見て一変した。志村のキャラクターをおもしろおかしく演じて大受けし、学校で一躍人気者になった。すっかりその気になったB子は下級生の教室を回ってお笑いを振りまくので、恥ずかしくなった妹が自分のクラスへの入室を両手を広げて拒む場面もあったらしい。

 

明るくてひょうきん、物怖じしない性格のため、ツッパリ中学生に絡まれた時も「制服の袖のシミ取れないの?」と逆質問をしてはぐらかした。タバコを吸う中学生にも、「お墓準備している? そろそろ葬式だよ」と言って母親を慌てさせた。

 

外国人観光客に出会うと、習いたての英語で「I am hungry」を繰り返した。診察を重ねるうち、「先生の頭、見ると、タコ焼き食べたくなる」などとふざけてきた。「君は即興のお笑い芸人になれる。吉本の芸人を目指したら?」と言い返してやった。

 

彼女は、自閉スペクトラム症とADHD(注意欠如多動症)の特性を持っていたため、物忘れがひどかった。クラスメイトと口げんかし、「絶交」と言われても翌朝はケロリと忘れ、語りかけてくるので、相手方は拍子抜けした。

 

休み時間にトイレに行き、帰りに自分の教室がどこか分からず途方にくれたこともある。

 

家で電話を受けても話の内容が分からず何度も聞き返すので相手方から電話を切られたりした。電話を受けつつメモを取らせると、聞くこととメモを取るという二つの動作が同時にできずちんぷんかんぷんの応答になった。

 

母親がメモを用意して買い物に行かせたら、メモそのものをなくしてしまった上に、帰りも遅かった。待ちくたびれた母親が「どこで道草食ってきたの!」と叱ったら、「道の草なんか食べてないよ」と答えた。

 

「そんな調子だから、私も怒れないのですよ……」と母親は苦笑する。忘れ癖とは別に、言葉のやりとりを字句通りに解釈する癖もあり、母親の悩みは尽きなかった。

次ページ勉強がわからないまま登校…小6になって、急変。

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    ※本記事は幻冬舎ゴールドライフオンラインの連載の書籍『爆走小児科医の人生雑記帳』(幻冬舎MC)より一部を抜粋したものです。最新の法令等には対応していない場合がございますので、あらかじめご了承ください。
    ※「障害」を医学用語としてとらえ、漢字表記としています。

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