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M&Aでは「目に見えない資産」も価値評価の対象
「再調達原価法」という手法は、不動産業界では一般的かもしれません。同じような不動産を再び新築で購入する場合、開発コスト、造成費用、建築コスト等、どれほどの支払いが必要になるか、その適正価格の総額を試算する手法です。
M&Aの場合は、対象が「法人」であり、不動産や動産以外に「知的資産」である人的資産、構造資産、関係資産が評価対象となります。
熟練の投資家は、この目に見えない資産にさらに「時間」と「経営力」という概念、価値評価を入れることがあります。経営者にとっての「時間」は、30代と60代では残された人生を考えた場合、当然ながら価値が違ってきます。
「経営力」は買手側の「自信」と言い換えてもよいかもしれません。対象会社にないもの、例えば「資金」「信用」だとすれば、それを補うことができれば、実際の企業価値を上げる可能性が高まります。
高評価のポイントは?「新規参入が難しい業種」の事例
●清掃・ビルメンテナンス会社の事例
オフィス清掃やビルメン会社などは、ビジネスとして派手さはありませんが、利益率が低くても想定以上の高値がつくことがあります。特に異業種で新規参入したいと思った場合、受注するのは簡単ではありません。
過去の実績、管理会社などからの与信審査、人員体制、クレーム処理対応など総合的な審査があり新規参入のハードルが高い業界でもあります。
その際に買手の経営者は、このビジネスをゼロから作り上げるのにどれだけの時間と資金を使う必要があるのかを計算します。長年培った信頼とノウハウ、そして「時間」に重点を置いて企業価値評価を行った事例です。
●建設・建築会社の事例
建設会社や内装業者なども、異業種参入の場合はM&Aが好まれます。許認可以外にも施工実績、落札実績、有資格者の人数、教育体制、安全管理面の整備など、いきなり新規参入して仕事が取れる世界ではありません。仮に赤字だとしても、買手が自社の「経営力」と対象会社の資産を活用して投下資金を回収できると判断すれば、そこに価値評価が生まれます。
企業価値評価の決め手は、買手の「価値観」
価格は最終的には買手が決めます。価格とは買手の経営者・経営陣が回収できると判断したものであり「自信」を数値化したものと言い換えることができます。その際に、何が強みなのかを外部に対して「見える化」することが必要となります。
いくらアドバイザーが客観的評価をしたとしても、最終的には買手の「価値観」で大きく左右されます。もう一度、この事業を一から作り上げる場合、どれほどの時間と資金が必要になるのか――前述のとおり、これに経営者の「自信」が加わり企業価値が変化してきます。
成功事例:内装事業~M&Aで顧客とブランドを獲得
本件は、M&Aによって新規参入のハードルが高い業界の「顧客と実績」、そして「ブランド」を手に入れることができた事例です。そもそもの相談は売手からの資金調達でした。特色あるデザイン、設計、海外資材の調達力があり、取引先も大手企業ばかりでした。一方、資金の回収サイトは長く、売上増加に伴う運転資金の調達が経営負担になっていました。
●資金繰り悪化を受けて、資金調達より「M&A」を選択
そのような状況の中、下請業者に工事トラブルが発生したことが要因となり、資金繰りが悪化することになりました。オーナーは他にやりたいビジネスもあり、追加運転資金の調達ではなく、売却という選択肢を選びました。
買手は飲食店やアミューズメント施設に強みのある内装業者です。業績は順調に拡大しながらも、目に見えない参入障壁は高く、過去実績が受注の判断となる高級ホテルやクリニック、ブライダル等の分野には進出できずにいました。
デューデリジェンスにはさほど時間はかけずにキーマンの離職防止、顧客離反防止、海外資材の仕入ルートの分析、競合先分析、外部発注先の実績、関係性などのビジネスDDに重点を置きました。
●キーマン社員からの退職希望を受け、買手はM&A中止を申し出たが…
基本合意契約を締結した後に、キーマン社員2名と買手が面談し、M&Aの事実を告げました。その時は前向きに受け止めてくれましたが、数日後キーマンの1名から、以前から独立を考えており退職したいとの申し出がありました。買手はショックを受け、M&Aの中止を申し出てきました。
売手と相談し、この業界はある程度の資金力がなければ独立が難しいこともあり、買手の「業務委託先」となることを提案しました。幸いこの提案は受け入れられました。数年経った今でも関係は続いていると聞いています。
●資本業務提携のメリット
HPを見ると、譲渡された事業が前面に出ており、実績も着実に積み上げていました。そして、このM&Aには想定外のメリットもありました。内装業界は常に人材不足に悩まされていましたが、高級路線の取引先が増えたことで企業ブランドの向上につながり、人材採用がしやすくなったとのことでした。
買手はM&Aの目的を明確にし、自らビジネスDDを行い、譲渡後、着実にその目的を達成することができました。聞けば、それなりに大変な時期もあったようですが、筆者に相談することなく自ら解決すると決め、乗り越えたようです。この経験をもとに、現在もM&Aを活用し拡大を続けています。数年経った今でも関係は続いていると聞いています。
寺嶋 直史
株式会社レヴィング・パートナー 代表取締役
事業再生コンサルタント、中小企業診断士
齋藤 由紀夫
株式会社つながりバンク 代表取締役
スモールM&Aアドバイザー