落胆…「お金にならない学問」に風当たりの強い日本
ハーバード大学に、エドワード・オズボーン・ウィルソンというアリの研究をしていた学者がいたのですが、その研究室に入ってきたのが、フランシス・クリックとジェームズ・ワトソン(DNAの分子構造を発見し、1962年にノーベル生理学・医学賞を受賞)です。
クリックとワトソンは典型的な分子細胞生物学者です。ウィルソンのアリの研究というのは分類学ですが、これは分子細胞生物学と解剖学の関係に近いといえます。
そのときウィルソンはどうしたかというと、博物館に移ったのです。ハーバード大学は比較解剖学教室というのを持っているのです。アメリカはそういった余裕があるんですね。
今はお金にならない学問には予算がつかなくなってきていますが、学問というのは必ずしもそういうものではありません。
お金にならなくても伝統的に積み上げていかなければならないものです。解剖学はその典型です。
解剖学の中に比較解剖学(生物の器官の形態や構造を比較し系統上の類縁関係について研究する学問)という分野があるのですが、日本ではなかなかできません。当時、ブラジルの大学で比較解剖学の人員を募集していたので、応募してみようと思ったこともありました。
パリのル・ジャルダン・デ・プラント(パリ植物園Le Jardin des Plantes de Paris)の中に、自然史博物館がありますが、そこの大きな部屋に脊椎動物の骨がありました。どういうことかというと、ルイ王朝時代からずっと、王様が蒐集させていたんですね。ロンドンのナチュラル・ヒストリー・ミュージアム(自然史博物館 Museum of Natural History)なんかも同じです。
東大も解剖学は博物館に移すべきだったのです。私は今もそう思っています。しかし大学は学部中心の組織なので、学部の外に博物館を作るとなると、そこにスタッフを配置するのがめんどうです。結局、それは実現しませんでした。
その頃、体調を崩して肺に影が見つかったわけです。今になって振り返ると、当時抱えていたストレスはこんなことだったのだと思います。
1970年代の医療の変化に巻き込まれてしまったというわけです。それがきっかけで、定年を前に大学をやめることにしました。いつ死ぬかわからないですから、好きなことをしようと思ったんでしょう。
養老 孟司
東京大学名誉教授