東京大学名誉教授で、執筆活動も盛んな医学博士・養老孟司氏。白内障手術での入院中、『ライフスパン』という翻訳本を読んでいました。著者はハーバード大学教授・老化の研究者であるシンクレアで、内容は「簡単な薬を飲むだけで若返りは可能で、寿命はどこまで延ばせるかわからない」というものなのですが…。同氏が「若返りの研究」「新しい科学技術」について解説します。 ※本連載は、書籍『養老先生、病院へ行く』(エクスナレッジ)より一部を抜粋・再編集したものです。

 

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「老化は防げる」…日本で受け入れられるのは何年後か

『ライフスパン』によれば、老化は病気で、だから治療して若返らせることが可能だという理屈です。

 

私は心筋梗塞で入院しましたが、これは血管の老化による病気です。再発する可能性もありますし、同じ血管の病気である脳卒中を起こす可能性も高いのです。もちろん、具合が悪くなればまた病院に行くことになるのでしょう。しかし、そのつど治療するのは大変です。

 

またそういう病気の予防と称して、糖尿病やコレステロールの薬を飲まされていますが、薬を飲んで予防するのも正直、面倒くさい。それなら、いっそのこと老化を止めて、若返りしてしまったほうが簡単です。

 

私自身が歳をとりたくないとか、自分が今から若返ろうとは思っていませんし、私が生きているうちに実用化できるかもわかりません。しかし、これからの社会にとって、若返りの技術は必要ではないかと思うのです。

 

現在、高齢者の医療は、ものすごい社会負担になっていますが、若返りができれば医療費を減らせます。お医者さんも負担が減って助かります。今のままだと認知症も増えるでしょうし、介護も1人ひとりが老人の面倒を見ていたら、経済が悪化します。老化を止める技術は、経済の面から見ても画期的な技術になる可能性があります。

 

もっとも日本では、老いて死ぬのは自然であり、それを止めるようなことをしていいのか、神をも畏れぬ仕業ではないか、という反論が出てきそうです。

 

こうした考えは日本に限らず世界中にあって、著者のシンクレアも、そのための研究費を貰おうとして、その種の反論にあったと、少し怒りをこめて本の中に書いています。

 

シンクレアはオーストラリア生まれで、現在はアメリカ在住です。古い歴史がない社会に比べて、日本は古い社会ですから、この種の反論は日本のほうが圧倒的に多いと思います。

 

これには文化の違いを感じざるをえません。

 

古い歴史がない社会では、不老不死の研究を科学者がおおまじめに取り組んでいるのです。臓器移植が南アフリカで始まったのも古い歴史のない社会だったからです。

 

ところが、1968年に行われた日本初の心臓移植は刑事告発されて批判を浴び、1997年に脳死臓器移植法が成立するまで、日本の脳死臓器移植は30年近くもストップしてしまいました。

 

ノーベル賞を受賞した山中伸弥教授のiPS細胞も、今取り組んでいるのは臨床応用のレベルです。老化そのものを止めて、みんな若返ろうというところまでは行きません。

 

せっかく山中先生のような優れた業績が日本で生まれたのだから、この分野にどんどん人やお金をつぎ込んでいくべきです。結果的に、ダメだとわかっても、箱モノを作ることに比べたら、大した損害にはなりません。

 

新しい科学技術が登場するとネガティブな意見が飛び交うものですが、ここは明るい未来を目指して、一致団結してはいかがかと思うのですが、みなさんはどう考えますか。

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養老先生、病院へ行く

養老先生、病院へ行く

養老 孟司
中川 恵一

エクスナレッジ

あの「あの病院嫌い」の養老先生が入院した!? 自身の大病、そして愛猫「まる」の死に直面した養老先生が、「医療」や「老い」「大切な存在の死」とどう向き合うかなど今の時代のニーズに合致しつつも普遍的かつ多様な書籍で…

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