しかし、養老先生の心筋梗塞を見つけられたのは…
以前の医療が扱っていたのは現実の身体でしたが、今の医療が扱うのは人工身体です。現実の身体はもともとあるものです。これに対して、「人工」というのは頭の中で組み立てたものです。人工身体ばかりを見ていると、現実の身体というのはノイズだらけに見えてきます。
医療のIT化が進むと、ノイズは徹底的に排除され、統計的なデータに基づく確率に支配されていきます。病名を特定するときは、より確率の高いものから調べていきますし、治療法もより確率の高い治療法を選びます。
今回、病院に行ったときも、中川さんはまず15kgの体重減少という症状から、糖尿病かがんを疑いました。
心筋梗塞が見つかったのは念のためにとった心電図の異常な波形を見たからだそうです。心筋梗塞は普通、激しい胸の痛みがあるのに、私はまったく痛みを感じませんでした。もしかしたら見逃されていた可能性があります。
このように、統計的データを重視する医療は、確率の低いケースを、ないものと見なすことにもつながっていくのです。
養老 孟司
東京大学名誉教授