3―2020年度医療費減少の特徴
つづいて、2020年度の医療費の減少について、いくつかの側面から特徴をみていく。
1.2020年4~5月には、医療費が大幅なマイナスとなった
まず、2020年度の医療費について、月ごとの動きをみていこう。新型コロナウイルス感染症で、最初の緊急事態宣言が発令された2020年4~5月には、対前年同月比で10%を超える大幅なマイナスとなった。その後、マイナスの率は縮小していったが、2回目の緊急事態宣言が発令された2021年1月には、再びやや拡大している※。
※ 東京での緊急事態宣言の期間は、1回目は2020年4月7日~5月25日、2回目は2021年1月7日~3月21日であった。
2021年3月にはプラスに転じているが、これには、コロナ禍が落ち着いたこともあっただろうが、感染拡大が進んでいった2020年3月に対する反動により増加した、という要素が入り込んでいるものとみられる。
2.受診日数が減る一方、一日あたり医療費は増えた
つぎに、2020年医療費の対前年度減少率を、少し細かくみてみよう。医療費は、診療種類別にみると、診療費、調剤、訪問看護療養に分けられる。このうち、診療費はさらに、医科入院、医科入院外、歯科に分けられる。医科入院と医科入院外で、医療費の約4分の3を占めている。医療費の対前年 -3.2%の減少は、医科入院の -3.4%の減少と、医科入院外の -4.4%の減少が、主な要因とみることができる。特に、医科入院外、すなわち外来での医科の診療が大きく減少している点が、要注目といえるだろう。
そこで、さらに医科入院と医科入院外について、医療費を分解してみよう。医療費は、「受診延日数」と「一日あたり医療費」の掛け算の形に分解できる。つぎの図表が、その分解を行った結果だ。
これによると、医科入院、医科入院外とも、医療費減少の要因は、受診延日数の減少となっている。とくに、医科入院外では二桁パーセントのマイナスとなっている。その一方、一日あたり医療費は、前年度に比べて増加していることがわかる。
これは、コロナ禍で、症状が軽いケースほど受診をしなかったために受診日数が減り、症状が重いケースに受診が偏ったために、一日あたり医療費が増えたもの、と解することができる。
3.診療所や公的病院で医療費の減少率が大きかった
つづいて、医科について、医療機関ごとに、1施設当たり医療費の減少をみてみよう。どの医療機関も減少しているが、特に公的病院や診療所の減少率が大きい。その背景として、公的病院では、コロナ患者の受入が多く、他の患者の診療が制限されるケースがあったこと。診療所では、比較的軽症の患者の受診が減少したこと、などが考えられる。
4.小児科や耳鼻咽喉科で医療費の減少が大きかった
さらに、医科診療所について、主たる診療科ごとに、1施設当たりの医療費の増減をみてみよう。ほとんどの診療科で減少しているが、産婦人科のみ増加していた。特に、減少が大きかったのは、小児科や耳鼻咽喉科だった。これらの診療科では、子どもを中心に、患者の受診が控えられたことが、背景として考えられる。
5.未就学者や75歳以上で医療費の減少が大きかった
つづいて、公的医療保険上の加入属性別に、1人当たり医療費の変化をみてみる。いずれの属性でも減少しているが、減少額でみると、未就学者と75歳以上の減少が大きかった。減少率でみると、未就学者の減少が-17.0%と突出していた。こうした傾向の背景として、医療機関での感染懸念等から、未就学者をはじめとした子どもや、75歳以上の高齢者で受診が控えられたことが考えられる。
6.都道府県別にみると、東京の医療費の減少が最も大きかった
最後に、都道府県別に、医療費の減少をみてみよう。つぎの図表では、人口1人当たり医療費減少額と医療費減少率を示した。減少額、減少率とも、東京が最も大きかった。新型コロナの感染拡大が最も進んだ東京が、医療費の減少も最も大きかった、との結果となった。
ただし、医療費の減少には、感染症拡大に伴う受療行動の変化に加えて、もともとの過剰受診の状況等も影響するものと考えられる。要因分析を進めるためには、さらなる調査が必要と思われる。
4―おわりに (私見)
今回公表された概算医療費によって、コロナ禍が医療費に与えた影響が、少し、明らかになった。感染症は、感染による直接的な医療だけではなく、他の病気の受療行動にも影響する。患者が受診を控えたことで、短期的には医療費が減少したとしても、中長期的には病状が進行して、治療に要する医療費が増大する可能性もある。
また、コロナ禍はさておき、人口の高齢化は着実に進んでおり、医療費が増加トレンドにあることは疑う余地がない。今後、こうした諸要因が医療費にどのように結びつくのか、引き続き、ウォッチしていくことが必要と考えられる。
篠原 拓也
ニッセイ基礎研究所
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