(※写真はイメージです/PIXTA)

ワクチンの接種方法と言えば、日本では「皮下注射」が主流です。そのためコロナワクチンが「筋肉注射」であると聞いて、インフルエンザワクチンより痛そうと思ったり、副反応の報告が多いことから不安に感じたりする人は多いのではないでしょうか。コロナワクチン、ひいては筋肉注射に対してネガティブな印象を抱く人も少なくないでしょう。しかし現役医師の筆者は「インフルエンザワクチンも筋肉注射にすべき」と語ります。一般には知られざる、筋肉注射のメリットを見ていきましょう。

日本人にとって「筋肉注射」は珍しい接種方法だが…

私は東京都で、新型コロナウイルスのワクチン接種に携わっています。接種時によく耳にするのは「インフルエンザのワクチンですごく腕が腫れたので、コロナのワクチンが怖い」「筋肉注射、テレビで見たけど痛そう」という不安の声や、「あれっ、もう注射し終わったのですか? 思っていたより痛くなかった」などの感想。

 

米国を含めて諸外国では、インフルエンザなど不活性化ワクチンは、新型コロナウイルスのワクチンと同じ筋肉注射が行われています。なぜなら、筋肉注射のほうが「接種部位の副反応が少なく、ワクチンの効果が高い」ため。ところが日本では、インフルエンザワクチンなど、多くの不活性化ワクチンは皮下注射で行われています。

筋肉注射が「免疫効果が高く、副反応が少ない」仕組み

●筋肉注射は、免疫効果が高い

英国UCLメディカルスクールのジェーン・ザッカーマン博士は、2000年の英国医師会雑誌に、「ワクチンを筋肉に注射することの重要性」を報告しています(※1)

 

ザッカーマン博士は「ほとんどのワクチンは、三角筋または大腿部の前外側の筋肉内に投与するべきです。これにより、ワクチンの免疫原性(抗原が抗体の産生や細胞性免疫を誘導する性質)を良くし、注射部位での副反応を最小限に抑えることができます。ワクチンを皮下脂肪層に注射すると、血管が貧弱なために抗原の動員や処理に時間がかかります。そのため、B型肝炎、狂犬病、インフルエンザワクチンなどではワクチンの失敗の原因となります」と述べます。

 

従来、ワクチン接種には臀部が適していると考えられていましたが、脂肪の層には免疫反応を開始するのに必要な細胞がありません。筋肉組織は、大切な免疫細胞があるため、ワクチン投与に優れた部位になります。免疫細胞は、ワクチンによって導入されたウイルスまたは細菌の小さな断片である抗原を認識します。新型コロナウイルスのmRNAワクチンは、抗原を導入するのではなく、体が抗原を作るように遺伝的に指示します。

 

ワクチンが筋肉内の免疫細胞によって認識されると、これらの細胞は抗原をリンパ管に運び、抗体を作るリンパ節に輸送されます。腕の三角筋は脇の下にあるリンパ節に近いため、多くのワクチンが三角筋に注射されます。

 

●筋肉注射は、接種部位の副反応が少ない

また、ザッカーマン博士は「筋肉内注射による重篤な副作用は稀です。成人26,294人を対象とした調査では、46%が少なくとも1回の筋肉内注射を受けていましたが、局所的な副作用があったのは48人(0.4%)だけでした。しかし、皮下注射は膿瘍や肉芽腫を引き起こす可能性があります。筋肉は血液が豊富なために、注射した物質の有害な影響を免れていると思われます。一方、脂肪組織は排水路が少ないため、注射した物質を長く保持し、副作用の影響を受けやすくなります」と述べています。

 

※1 https://www.ncbi.nlm.nih.gov/pmc/articles/PMC1118997/

かつて、筋肉注射の「誤った使い方」で社会問題が発生

では、どうして日本では皮下注射で行われているのでしょうか。以下の、日本小児科学会 予防接種・感染症対策委員会による「小児に対するワクチンの筋肉内接種法について(2019年7月改訂版/8月一部修正)」が参考になります(※2)

 

「現在、日本のワクチン接種は、一部を除いて、原則皮下接種である。これは、1970年代に解熱薬や抗菌薬の筋肉内注射によって、約3600名の大腿四頭筋拘縮症(だいたいしとうきんこうしゅくしょう)の患者の報告があったため、それ以降、筋肉内注射による医薬品の投与は、避けられる傾向にあった。その報告では、筋拘縮症の要因として、薬剤のpHの低い、浸透圧の高い解熱剤や抗菌薬の頻回投与(特に両薬剤の混注)との関連を指摘しており、ワクチン(ほぼpHは中性で、浸透圧は生理的なものに近い)接種との関連には言及していない」

 

筋拘縮症は、筋肉が伸張性を失い、関節運動の制限が起こる疾患です。

 

土井脩氏が「医薬品医療機器レギュラトリーサイエンス」の財団理事長だった2012年当時の報告(※3)によると、1962年頃から静岡県で大腿四頭筋拘縮症が発生し、さらに1969年には福井県でも多発。1973年、山梨県で大腿四頭筋拘縮症の多発が大きな社会問題になり、その後、北海道、福島、名古屋等でも発生が報告されました。発生に地域の偏りがあることから、地域病の様相を示していました。

 

新聞が「幼児23人が奇病—歩行困難・風邪の注射が原因か」と報道したことから、大きな社会問題になり、報告数が増加しました。1975年以降、各地で製薬会社、国、医療機関を被告とした提訴が起こり、1983年以降は各地で裁判所の判決が出ましたが、いずれも国の勝訴に終わりました。そして1996年の京都地裁において、製薬会社と医療機関と患者の間で最後の和解が成立したとのことです。

 

※2 http://www.jpeds.or.jp/modules/activity/index.php?content_id=301

※3 https://www.pmrj.jp/publications/02/pmdrs_column/pmdrs_column_26-43_02.pdf

再発防止のために「筋肉注射そのもの」を敬遠

輸液療法が確立していなかった当時、風邪でも小児医療機関を受診すると、上腕、大腿部、臀部などに、抗生物質や解熱鎮痛剤を補液をもかねて大量に注射することが多かったそうです。1970年頃までは、小児への水分補給にも50〜100mLの大量皮下注射や持続大量皮下注射が行われていました。

 

大腿四頭筋拘縮症の被害続出には、親側にも効き目の良い注射を求める心理的背景があったことや、医療側の相互連携が不十分だったこと、製薬会社の医薬品副作用情報の収集や解析が不十分であり、医療従事者への情報伝達ができていなかったことなど、様々な要因が指摘されています。

 

その後、1976年2月に、日本小児科学会ができる限り小児には注射を避ける提言を発表しました。これを契機に、小児科では注射は必要最低限となり、大幅に減少しました。

 

土井氏は「従来は、副作用が起きると『医薬品が悪い』で済まされることが多かったが、大腿四頭筋拘縮症事件は、医薬品の使い方に問題があったということがはっきりしていたケースである」と主張します。

コロナ、インフルエンザ両用のワクチンが開発中だが…

土井氏の「医薬品の使い方に問題があった」という結論を踏まえて、皆さんはインフルエンザワクチンの使い方についてどう思いますか?

 

さて、モデルナ社は、新型コロナウイルスと季節性インフルエンザを組み合わせた新しいワクチンを開発中です。おそらく、このワクチンは筋肉注射になることが予想されますが、もし開発に成功した場合、日本は皮下注射で独自に臨床試験をするのでしょうか?

 

そろそろ日本も、インフルエンザワクチンを筋肉注射に変更するべきだと思います。

 

 

大西 睦子

内科医師、医学博士

星槎グループ医療・教育未来創生研究所 ボストン支部 研究員

 

 

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