※本連載は、喜瀬雅則氏の著書『稼ぐ!プロ野球』(PHPビジネス新書)より一部を抜粋・再編集したものです。
野球人気が低下していく「負のスパイラル」
ファンを増やす。そして、球場への観客動員を増やす。
そうすれば、チケット収入が増える。球場での飲食やグッズの売上が伸びる。ファンの関心が高まればメディアでの中継も増え、放映権収入だって増える。
球場に『人』を呼ぶ。そうなれば、あらゆる局面での相乗効果が生まれてくる。
これこそが、球団経営の“一丁目一番地”でもある。そのためには、ファン層の「三角形」(図表参照)を大きくしなければならない。
しかし、その拡大策には、すでに限界が見え始めている。少子高齢化が進む日本社会。必然的に、子供たちの数が減り、ひいては野球に取り組む競技人口も減る。それが、野球人気の低下へとつながっていく恐れが大だ。
その“負のスパイラル”への危惧は、球界全体で共有していることでもあり、これは野球に限らず、「コンテンツ」を扱うすべての産業が同じ悩みを抱えているに違いない。
だから、子供たちへのファンサービスを強めないといけない。
全国各地で野球教室を行って、まずは野球に触れてもらおう。そうやって野球に親しんでくれれば、大人になってからも、野球を見てくれるだろう。
未来への投資。その観点からの戦略は、決して間違いではない。プロ野球球団だけではなく、アマも含めた日本の野球界全体としての努力を惜しんではいけない。
今や「野球だけ」でファンを増やすことはできない
「私の仮説なんですけど」
ファイターズ スポーツ&エンターテイメント取締役事業統轄本部長の前沢は、再びホワイトボードに「△」を描いた。
「今までのプロ野球が隆盛を極めたというのがあったのは、そこに長く胡坐(あぐら)をかいていたというのはあるんですけど、ファンじゃなく競技者として考えると、この一番下、小学生が膨大にいて、中学、高校、大学、プロと上がっていくにつれてどんどん脱落していくんですけど、三角形の中にいる人たち、そして離脱していった人たちがみんなファンになってくれていたんですよね。それによって、プロ野球は隆盛したと思うんです」
三角形の右辺から、前沢が何本もの「↘」を描いた。
プロという頂点を極められず「野球選手」というカテゴリーからこぼれ落ちた”元プレーヤーたち”は、それこそたくさんいる。
しかし、時代の流れはスピード感を増している。
平成の時代に入り、サッカーはJリーグ、バスケットボールもBリーグと、プロリーグが誕生した。サッカーやラグビーのワールドカップとなれば日本中の関心が集まり、日本代表選手ともなれば、その注目度は格段に上がる。
アマチュアしか参加できなかったオリンピックも、プロ契約のアスリートたちが出場できるようになった。メダリストという名誉は、子供たちの憧れの的でもある。
かつてのように、プロスポーツは野球だけ。運動神経のいい子供たちは、まず野球部に入る。そんな“昭和のスポーツシーン”は、もはや過去のものだ。
こうした社会状況の変化から見ても、野球界はもはや安泰ではない。
少子化による競技人口の減少。そして、スポーツや趣味の多様化。野球界を下支えしてきた“元プレーヤー”も、これからは間違いなく減っていくのだ。
前沢の舌鋒(ぜっぽう)は、さらに鋭さを増していく。
「『ここ』がないんです」
前沢が、ペンで指し示したカテゴリーには「小学生」とあった。
「この『裾野を拡大していきましょう』という人はたくさんいます。でも、現実としてかなり難しいです。だって、人数が減っているんですから。競技者人口の増加、もしくは減少の歯止め。大義としてやらなくちゃいけないんですけど、それに手を加えるよりは、この周辺にいる人たちに『プロ野球』というエンターテインメントのくくりの中で説明する方が簡単じゃないですか? これが、そもそもの発想なんです」
北海道日本ハムのファンでもなく、野球にそれほど関心もなく、北海道にも縁がない。そんな「1億2000万人」に対して、いかにしてアプローチしていくか。
つまり“野球だけ”では、人を引き寄せることはできない。そのためのイノベーションを、前沢は起こそうとしているのだ。