エリート部長から“半額オジサン”へ
地方都市で一人暮らしを営む佐藤健二さん(仮名/73歳)は、50代で離婚し、若いころに建てた自宅で静かな生活を送っています。
現役時代は県内を転勤しながらキャリアを積み上げ、大企業の営業部長として活躍。一時期は年収1,200万円に達し、社内でも一目置かれる存在でした。営業職ということもあり、夜の付き合いも多く、高級店での会食や接待が日常の一部となっていました。
私生活でも家族旅行で高級ホテルに宿泊、子どもたちの学費も一切の惜しみなく出し、経済的な不安など微塵も感じていなかったといいます。50代で離婚を経験し、独り身となってからも、その華やかな生活スタイルは佐藤さんのアイデンティティそのものでした。
65歳で定年退職を迎えたあとも、元同僚や取引先とゴルフを楽しむなど、悠々自適なセカンドライフを謳歌しているようにみえました。
しかし、退職から8年が経った現在、佐藤さんの生活は一変しています。近所ではいつしか、「半額オジサン」と呼ばれる存在になっていたのです。
退職金4,000万円が消えた現実
佐藤さんは、退職してからの8年間で退職金をほぼ使い切ってしまいました。驚くべきことに、年間平均500万円ものペースで資産を切り崩していた計算になります。
原因は、「現役時代の生活水準を捨てられなかったこと」に尽きます。
まず家計を大きく圧迫していたのが、現役時代から続く食習慣と交際費です。長年営業の第一線で活躍し、外食や接待が当たり前だった佐藤さんには自炊の習慣がまったくありません。三食ともお取り寄せグルメやデパ地下の弁当、あるいは馴染みの店での外食が中心となり、これに長年の習慣である高級な酒やタバコ代が加わると、食費と嗜好品だけで月に15万円が消えていきました。
さらに、定期的なゴルフ、かつての顔なじみの店での飲食といった交際費も、月に15万円ほど計上されていました。ここには元部長としての「見栄」もあり、つい全額を奢ってしまうなど、現役時代さながらの振る舞いを崩せなかったのです。
また、形あるものの維持にも多額のコストがかかっていました。現役時代に購入した大型の高級外車を手放せず、その維持費や車検代が重くのしかかります。追い打ちをかけたのが、自宅です。一人暮らしには広すぎるうえに、断熱性が低く古いエアコンを使い続けていたため、光熱費は現役時代以上の高額に。加えて、庭のメンテナンスも造園業者に任せきりにしていたため、これらの維持費だけで月に10万円ほどが吸い取られていきました。
さらには、目に見えない支出も。大企業の部長を務めた佐藤さんは、いつも町内会や地元の団体から役職を任されていました。地域の祭りへの寄付金や、知人の選挙応援、地元団体への賛助金、そして冠婚葬祭での香典や祝儀。周囲からの期待を裏切れず、包みを出し続けていました。現役時代であれば交際費として経理処理できたこれらの支出は、いまや全額が自腹となり、重い負担となって佐藤さんの財布を蝕んでいったのです。
現在の収入は年金のみで、月額約17万円。年金自体は一般的な水準ではありますが、かつて年収1,200万円だった佐藤さんにとって、それは現役時代のわずか数日分の稼ぎに過ぎません。それにもかかわらず、かつての生活水準を維持し続けた結果、4,000万円という大金はあっという間に消えていきました。
70代に入るころには貯蓄はほとんど底をつき、高級外車も売却しましたが、生活に不安を感じるようになります。焦った佐藤さんは、工場でのパート勤務を始めたものの、賃金はわずか。生活の立て直しには程遠いのが現実です。
そんななか、日課となったのが「閉店間際のスーパー通い」でした。夕方遅く、半額シールが貼られる時間帯を狙って来店し、店内を何度も行き来する。店員が値引きを始めると、その後ろをぴったりと追いかけては、値引き品を次々とカゴに入れていくのです。
佐藤さんの姿は周囲の目にも強く印象に残り、いつしか「半額オジサンだ」と噂されるようになっていきました。
ある日、久しぶりに帰省した息子と買い物に出かけた際、息子は佐藤さんの姿に驚いてしまいました。いつも通り、店員がシールを貼るのを待ち構え、商品を奪うように手にする父。息子は思わず声を漏らしました。「父さん……ちょっと恥ずかしいよ」。しかし父親は「年をとったら人目とか、どうでもよくなるもんだな。ケチケチ暮らしてもいいじゃないか。もう、なんでもいいんだよ。おれは」と、いうのです。
かつて、バリバリと仕事をこなし、なんでも買い与えてくれた「強くて誇らしい父」の面影はどこにもありません。その哀愁漂う後ろ姿とのギャップに、息子は言葉を失ってしまいました。


