(※写真はイメージです/PIXTA)

横浜の一等地のマンションで、ある男性が孤独死した。男性の妹と弟が駆けつけ、相続手続きに着手するも、そこは数年前に逝去した男性の妻との共有で、妻側の相続手続きは未完了。作業は頓挫するが、生活に困窮する弟は、亡兄のマンションに住み着いてしまう。だが数年後、今度は弟がそこで孤独死してしまい――。多数の相続問題の解決の実績を持つ司法書士の近藤崇氏が、実例をもとに解説する。

遺された姉の相続放棄を困難にした「過去の行動」

千恵さんについて、できることはなんだろうか。

 

今回亡くなった大輔さんについては相続放棄が検討できる。とりあえず相続放棄をしてしまえば、目先の100万円の滞納金からは逃れられるかもしれない。

 

しかし、千恵さんは5年前に亡くなった洋介さんの相続時に、死亡の事実や財産の状況を知りながら、相続放棄の申述を選択していない。通常ならば、千恵さんについて、5年前に亡くなった洋介さんの相続放棄の申述は、認められない可能性が高い。

 

この不動産の登記簿上の名義人は未だに、5年前に亡くなった洋介さんと、15年前に亡くなった洋介さんの妻の雪乃さんであるため、洋介さんの相続について、千恵さんの相続放棄の申述期限はとっくに過ぎている、

 

このため、今回亡くなった大輔さんの相続放棄をして、目先の滞納金は逃れられたとしても、マンション自体の登記の義務や管理責任について、責任は負ったままになる。

 

一方で、マンションの管理組合としても未納金を回収できないので、問題の解決にならない。

 

その後、管理組合や管理会社からも連絡を頂き、相談を受けることになった。

熟慮期間内中に「兄嫁の相続人」を探すしかない

なんとも堂々巡りな問題だが、双方から話を聞いた結果、今回は下記のようにとりあえず進めてみることにした。

 

①千恵さんはまず、大輔さんについての「相続放棄の熟慮期間の延長」を申述する。

 

②そのあいだ、管理組合の費用立替負担で、亡き洋介さんの妻雪乃さんのきょうだいや甥姪を探す。

 

ことになった。

 

相続放棄の熟慮期間の延長は、相続の開始があったことを知ったときから3ヵ月内に相続の承認か相続放棄を決めることができない場合、家庭裁判所は申立てることにより、この3ヵ月の「熟慮期間」を伸ばすことができる。延長期間は稀に6ヵ月を認められることもあるが、弊所で申請を出したケースでは、裁判所としての判断は概ね3ヵ月のケースが多いようだ。

 

千恵さんのこの熟慮期間内に、15年前以上前に亡くなった兄嫁の雪乃さんのきょうだいを探さなければならない。もちろん、連絡先がわかったところで、相続の手続きに協力してくれる保証はない。しかし、問題の根本解決にはこの方法しか思いつかない。弊所としても最優先の案件として取り組んだ。

 

結局、雪乃さんの相続人である半血のきょうだいは5人全員が亡くなっていた。その子どもは合計13名。速達などの郵便をやりとしても、合計13名の相続人すべてと連絡を取れたのは、大輔さんが亡くなってからすでに5ヵ月が経過していた。そして、この13名全員が雪乃さんと会ったことはなく、そもそも亡くなったことも知らなかった。また叔母にあたる雪乃さんの存在すら知らない方もいた。

 

今回は奇跡的に、13名全員が相続の手続きや相続放棄の手続きに協力してくれたため、不動産の名義は下記のように登記をすることができた。

 

洋介・雪乃夫婦の共有

亡洋介単有 (雪乃さん持分の移転)

千恵と亡大輔共有 (法定相続分での登記)

千恵単有 (大輔さんの持分移転)

 

今回、この登記ができたのは、本当に奇跡としかいえない。

 

この後、千恵さんは不動産を売却し、大輔さんの管理組合への未納金や今回の手続き費用の支払いをした。

子のない夫婦が遺言書作成を怠ると、恐ろしいことに…

今回の反省点はなんだったのか。

 

やはり洋介さんと雪乃さんの夫婦に、遺言がなかった点が問題の端緒であろう。

 

類似の案件を日常的に抱えている身としては「子どものいない夫婦で不動産がある場合、遺言書なしは無謀」としかいえない。

 

このような話をするたびに「自宅マンションしか財産がないのに遺言なんて大げさ」「公証役場なんて金持ちの行くところ」などの反応を受ける。

 

司法書士だろうが弁護士だろうが税理士だろうが、専門家で自筆証書遺言のほうを積極的に勧める者はいないだろう。しかし、どうしてもお金を掛けたくないのなら、自筆証書遺言でもいいので残しておくべきだった。

 

今回のケースでは洋介さん・雪乃さんの夫婦の双方が「全財産を妻(夫)に相続させる」の自筆記載と「日付・署名・押印」さえあれば、少なくともここまでの手間は掛からなかった。残された十数人の遺族、および管理組合など大勢の人が、ここまで振り回されることもなかっただろう。

 

最近は子どものいない夫婦も増え、マンションなどの購入の際に夫婦のペアローンでの住宅ローンを組む方も多い。

 

ローンを返している現役世代には、今回の話は遠い遠い未来のことに感じるかもしれない。

 

しかし、すべての人にいつの日か確実に訪れる「死」という局面に対し、最低限のリスク管理としての遺言の用意は必須だろう。繰り返すが、子どものいない夫婦で不動産がある場合、この作業は最低限のリスク管理だ。

 

これらのことを元気なうちに夫婦で話し合ってみることが大切だと、改めて考えさせられる事案だった。

 

*本件は筆者の業務上の経験に基づき記載しております。個人情報保護のため、内容は一部改変を加えております。

 

 

近藤 崇
司法書士法人近藤事務所 代表司法書士

 

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