「遺留分の放棄」と「相続放棄」はどこが違うか?
遺留分とは、民法1042条1項により、相続人に認められる最低限の遺産取得分のことです。
そもそも兄弟姉妹や甥姪には遺留分はありませんので、子などの直系卑属、親などの直系尊属が居ない方については、遺言書を記載しておけば基本的に遺留分の問題は発生しません。このため、お子様のいない方に遺言書があったほうがいいのは、いうまでもありません。
遺留分が問題となるのは、被相続人(遺言者)などの死亡後の話です。
遺留分の侵害があったことを知ってから1年以内に請求しないとなりません。
遺留分はあくまで「形成権」とされています。形成権とは、権利を持つ者の一方的な単独の意思表示によって生じさせることができる権利とされます。つまり遺留分を侵害され、その侵害分の請求する権利を有する者の意思表示があって、初めて形成される権利です。遺留分の侵害があったとしても勝手に支払われるものではありません。
同じく被相続人(生前の場合は被相続人となるであろう人)の住所地を管轄する家庭裁判所に申し立てます。相続放棄とよく混同されますが、かなりその性質は違います。
相続放棄は、法定相続人がはじめから相続人ではなかったことになるので、資産も負債も一切相続しません。また生前の相続放棄は認められず、「相続の開始を知ってから3カ月以内」に家庭裁判所へ申述をしなければなりません。
一方で遺留分の放棄は「遺留分」のみを手放すことです。あくまで放棄するのは遺留分だけのため相続権そのものが無くなるわけではありません。よって遺留分を害されていたとしても、遺言などで相続財産の取得分がある場合、それらは取得できますし、相続放棄をしない限り、負債も連帯して負担する義務があります。
また遺留分の放棄を死後に行う場合は、単に先に述べた遺留分の請求をしなければいいだけの話です。ただ、生前に行う場合は、相続放棄と同様に家庭裁判所での申述手続きが必要となります。
円満な遺留分の放棄…一族の会社を相続するときなど
弊所をはじめ司法書士の事務所で、相続放棄の手続きを扱ったことがないというところは極めて稀でしょう。多くの事務所で日常茶飯事のように、扱っているのではないかと思います。一方で遺留分の放棄は稀です。相続関係をかなり多く扱う事務所でも、年に1回もあるかどうか、というところではないでしょうか。
円満(?)な遺留分の放棄のパターンとしては、例えば被相続人となるほうが一代で財を成した経営者であり、その長男が事業承継をスムーズにするため、財産価値の高い会社の株式等を2代目の長男へ円満に相続させる必要がある。このため、あえてほかの兄弟姉妹は経営者である生前に、遺留分の放棄を行っておく、等のケースが考えられます。
このようなケースでの申立ては、全員が表面上は納得しているため、対立などはありません。
険悪な遺留分の放棄…男性が孤独死、親と元妻がバトル
一方、親族間の関係が険悪な中、遺留分放棄が行われることもありました。ケース例をご紹介したいと思います。
被相続人であるAが50歳で死亡しました。Aの両親はまだ健在であり、Aには弟もいます。また、Aには離婚した元妻と未成年の子がいました。
Aは健康を害して自宅で亡くなっているのを、職場に来ないことを不審に思った同僚に発見されました。離婚後に1人で暮していたこともあり、酒量も多かったのかもしれません。
相続財産はほとんどなく、カードローンに多少の借金もありました。亡くなった家の片付けの費用等を考えると、むしろ赤字になりそうなくらいです。Aの未成年の子の親権者である元妻は、Aの死亡を知ると、即座に未成年の子の相続放棄を家庭裁判所に申述しました。
しかしAには、生前にかけていた、未成年の子を受取人とする保険金が存在しました。
この保険契約はAの生前、万が一の際に申立人ら(未成年の子)の今後の養育費の代わりとして契約したもののようです。しかし、生前、経済的に余裕がなかったAは、当該保険金掛金の大半をAの両親が支払うことで賄っていたようです。
生命保険は相続財産ではありませんので、相続放棄をしようがしまいが、未成年の子に受け取る権利があります。しかし、このような状況ですので、Aの元妻とAの両親の仲が良好な訳もありません。しばらくは顔も合わせることのなかった両人たちですが、不意のAの死により多少の連絡を取らなくてはならない状況にとなったのですが、昔のことを責めあうなど、関係はたちまち険悪なものとなりました。そして双方が、これを機にきっぱり縁を切りたいと考えるようになります。
とはいえ、祖父母(Aの両親)と孫(未成年の子)の血縁関係が切れることはありません。Aの両親の死亡時には、孫である未成年の子は代襲相続人として相続に関わってきます。もし孫に相続分がない場合は、遺留分の問題も発生します。Aの両親は大資産家とまではいかないものの、代々の家業を行っていたこともあり、横浜市内にかなり立派な一戸建て兼工場を持っており、そこでAの弟一家とともに三世代で暮らしています。
こうした将来の禍根と、互いのけじめのために、祖父母は自宅の土地等すべてをAの弟に残す公正証書遺言を作成しました。
Aの元妻には遺言の内容は伝えませんが、前記の生命保険金の件もあるし、Aの子どもは将来的に遺留分の請求などをしないでほしい旨を伝えます(この時点で遺言の内容は言わずもがなですが)。Aの元妻は、売り言葉に買い言葉もあるでしょうが、「そんなもの要るか。どんなに高い土地でもあんな家の財産なんて、こっちから願い下げだ」と激しく応酬しました。
こうしてAの元妻は、親権者として、Aの子の遺留分放棄を家庭裁判所に申述しました。前記の保険金が、子どもの大学進学まで学費を賄うには十分すぎるかなりの額ということもあり、申述は問題なく認められました。
このように、被相続人となるだろう人が、まだ生きている間に遺留分を放棄するには、家庭裁判所で「遺留分放棄の許可」を受ける必要があります。遺留分放棄を強要するなどの不当な干渉が行われる可能性があるので、家庭裁判所における厳密な手続きを必要としているのです。
今回のケースのように、会社の後継者に遺産を集中させたい、または多額の生前贈与や保険金を受領していた、借金を肩代わりしたなどの理由があったほうが、裁判所も遺留分放棄を認めやすいといえるでしょう。あくまで被相続人になる方の一方的な強要・強制ではなく、生前に遺留分を放棄させるには相応の代償や理由などが必要になりますので、遺留分の懸念があり手続きを検討されている方は、この点に留意する必要があります。
近藤 崇
司法書士法人近藤事務所 代表司法書士
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