兄嫁の父親は再婚で、先妻との間に5人の子持ち
通常ならば、ここからスタッフによる戸籍取得の作業が始まる。これできょうだいが何人いるのかが判明する。しかし今回は、大輔さんが持参した資料のなかに、洋介さんの不動産関係の契約書をまとめた冊子があった。そのなかに、15年前に他界した妻・雪乃さんの戸籍謄本類が混じっていた。鉛筆のメモ書きもあったので、おそらく亡くなった洋介さんが妻の戸籍を自分で取得したのだろう。
一縷の望みをかけて、その戸籍を読んでみる。
すると、雪乃さんの父親と母親のあいだには、子どもは雪乃さんしかいなかった。ただし「雪乃さんの父親と母親のあいだ」では、だ。
雪乃さんの父親は、雪乃さんの母親と婚姻前に前妻と死別しており、その前妻とのあいだに少なくとも子どもが5人は存在していることが戸籍から読み取れた。
雪乃さんの半血のきょうだいは、年齢的に亡くなってる可能性が高いだろう。そうするとその子のおいやめいも全員が相続人となる。
専門家からみたら、相続人の確定には不足する戸籍だ。おそらく亡くなった洋介さんは、ここで戸籍の取得や、亡き妻の雪乃さん名義の相続登記を諦めたのだろう。
「雨風をしのぐため、兄のマンションに住みたい」
以上を「今回の相談者」大輔さんに伝える。
大輔さんの名義にするには、洋介さんのきょうだいだけではなく、洋介さんの亡き妻・雪乃さんの半血のきょうだいも調べた上で協力を得ないとならないこと。そしてこの作業は、自分で行えば相当な手間であるし困難であること、専門職に頼めば相応の費用もかかることを。
すると大輔さんから、予想外の回答が返ってきた。
「先生、兄の預貯金も少ない、費用は出せない。でもとりあえず、このマンションに住んでもいいんですか?」
正直、初めての回答だったので面喰ってしまった。
聞けば大輔さんも独身で、経済的には厳しい状況のため、現在の賃貸アパートを解約して、とりあえず雨風をしのぐために、兄が亡くなったマンションに住みたいのことだ。
なるほど、事情は理解できる。
しかし、マンションは洋介さんやその妻の雪乃さんの各相続人の共有財産だ。
兄夫婦の家とはいえ、登記簿上は他人名義の家に住む…。
これは法的な権原はなんなのであろう? でも誰かこの大輔さんの居住に異論を唱えるのだろうか? いやしかし、管理組合は許可するのだろうか? 管理費や修繕積立金を支払っていれば文句はないのだろうか? 固定資産税は誰が払うのか? こちらも納税さえしてれば、役所も特になにもいってこないだろうか…。
しかし目先の、少なくとも2回は起きている相続の問題を解決していないと、イザというときに売却処分もできないし、担保提供もできない。このような不動産に財産的な価値はほとんどない。
また、3ヵ月の相続放棄の申述期限が切れてしまうと、あとに相続放棄をすることもできない。当然リスクがあると思うのだが、それで本当に大丈夫なのだろうか?
こんな疑問を投げかけてしまい、正直、正鵠を射るような法的な回答はあまりできなかった記憶がある。
しかし、依頼を受けなければなにもできないのが士業でもある。姉の千恵さんも「面倒くさいので関わりたくない」とのことだったので、この時は、相談だけで終了となった。
かくして、洋介さんが孤独死したマンションに、10才ほど年の離れた大輔さんが住むことになった。
「大輔さんが室内で亡くなっている!」
それから5年ほど経ったある日、大輔さんの姉の千恵さんから、私の事務所に電話が入った。「大輔さんが室内で亡くなっているのが見つかった」と連絡を受けたとのことだった。
管理費や修繕積立金などの未納が続いていたが、大輔さんと連絡が取れなかったため、管理会社が警察の立会のもとに家のなかに立ち入ったところ、亡くなっている大輔さんを発見したとのことだ。
死後だいぶ経過しており、残念ながら、兄の洋介さんと同じような亡くなり方をしてしまったようだ。
千恵さんは健在だが、北陸地方に住んでおり、高齢かつ遠方のため横浜に来ることはできない。5年前の相談時に交わした連絡先を覚えていてくれたため、ご連絡を頂いたようだ。
現在、千恵さんの元にはマンションの管理組合や管理会社から100万円弱の請求がきているという。大輔さんの生前から、マンションの修繕積立金・管理費用など滞納気味になっており、諸々100万円弱が未納となっていることらしい。このため困り果ててて私に電話を頂いたようだ。
本来、マンションは所有者や居住者が変わる際に、変更届を管理組合に出すのが原則だ。登記簿謄本などの提出を求めるマンションもある。ただこのマンションも老朽化、居住者の高齢化が進み、管理組合もあまり機能してしていなかったかもしれない。