「すーっと逝った」98歳認知症母、不仲母娘が在宅介護の末に (※画像はイメージです/PIXTA)

高齢者の介護を高齢者がおこなう老々介護が全国で続出しています。今回は98歳の認知症の母親を、これまで不仲だった娘が、在宅で介護をする事例を紹介します。本連載は中村明澄著『「在宅死」という選択』(大和書房)より一部を抜粋し、再編集した原稿です。

伺い知れない母娘関係も、穏やかな最期

そのあとすぐに妹さんもかけつけきて、「H江さんたら、お昼寝してたら息が止まっちゃったのよ」とふたりで涙しながらも、「みんなに面倒を見てもらって本当に幸せだったね」と、泣き笑いしながらお話しされていました。

 

亡くなったあとに身体をきれいにして身なりを整えることを「エンゼルケア」と呼びますが、私たちみんなでH江さんのお身体をきれいにしているときにも、「よかったね。きれいにしてもらってね」と、娘さんたちは穏やかな笑顔を浮かべていました。

 

最期のお着替えでは、できるかぎり患者さんご本人らしいスタイルになるよう、たとえば上着をズボンにインにするのかアウトにするのか、あるいはシャツのボタンをいちばん上までとめるかどうか、男性の場合だったら、どこのヒゲを残すのかどうかなどもご家族に確認し、細かいところまで気をつけるようにしています。

 

H江さんには1本だけ、お顔にぴーんと長いヒゲが生えていました。切ったほうがいいのかなと迷った私たちは、念のため娘さんに確認してみることにしました。

 

すると「それはね、竜のひげって呼んで大事に育てていたんです(笑)」というお返事。切らずに残しておくことにしました。

 

送るのはとても寂しくもありましたが、思い出話をしながら頑張ってきた彼女の人生をみんなで称えるような、穏やかな最期になりました。

 

娘さんとH江さんの関係が昔どうだったのか、第三者にはとうてい計り知れないものです。

 

ただ1年ほど前に、娘さんがこう話してくださったことがありました。

 

「まあ、いろいろあったけど、でも、もうこうなったらねえ。私が看ていこうかしらって、思ったのよね」

 

それまでの関係がどうであれ、娘として最期は家から見送ろうと心を決めているようでした。

 

誰もが歳には勝てませんし、永遠の命もありません。どんな人にもいずれは最期がやってくるものです。介護する側は、その現実をどこかで覚悟しつつも、日々後悔の残らないようにしていくことが、最終的に穏やかで納得できる看取りにつながるのではないかと思います。

 

娘さんもきっと、自分がやれることをすべてやりきったからこそ、泣き笑いで見送れたのでしょう。母であるH江さんも、その思いを受け取って安心し、眠ったまま穏やかに逝ったのではないでしょうか。

 

旅立つ側も、見送る側も、互いにせいいっぱいできることをやって頑張ってきた。その充足感が、穏やかな在宅死につながるのかもしれません。

 

中村 明澄
在宅医療専門医
家庭医療専門医
緩和医療認定医

 

 

在宅医療専門医
家庭医療専門医
緩和医療認定医

2000年東京女子医科大学卒業。国立病院機構東京医療センター総合内科、筑波大学附属病院総合診療科を経て、2012年8月より千葉市の在宅医療を担う向日葵ホームクリニックを継承。2017年11月より千葉県八千代市に移転し「向日葵クリニック」として新規開業。訪問看護ステーション「向日葵ナースステーション」、緩和ケアの専門施設「メディカルホームKuKuRu」を併設。緩和ケア・終末期医療に力をいれ、年間100人以上の患者の方の看取りに携わっている。病院、特別支援学校、高齢者の福祉施設などで、ミュージカルの上演をしているNPO法人キャトル・リーフも理事長として運営。著書に『「在宅死」という選択 納得できる最期のために』(大和書房)がある。

著者紹介

連載「在宅死」という選択で自分らしい生き方と逝き方を探る

「在宅死」という選択~納得できる最期のために

「在宅死」という選択~納得できる最期のために

中村 明澄

大和書房

コロナ禍を経て、人と人とのつながり方や死生観について、あらためて考えを巡らせている方も多いでしょう。 実際、病院では面会がほとんどできないため、自宅療養を希望する人が増えているという。 本書は、在宅医が終末期の…

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