(※写真はイメージです/PIXTA)

国民健康保険坂下病院名誉院長である髙山哲夫氏の著書『新・健康夜咄』より一部を抜粋・再編集し、自らを「化石医師」と称するベテラン医師の医療経験を紹介します。

患者への気遣いが落とし穴に。診察時の心得「疑え」

医療費の高騰を抑えるためには無駄な検査を行わないことが大切です。紹介して頂いた患者さんも前医で検査を行っている場合は出来るだけ同じ検査は行わない。でも時にはそんな配慮が落とし穴になることがあります。

 

消化器系の腫瘍マーカーであるCEAが上昇しているとの紹介状を携えてMさんが受診されました。画像検査で腹部のリンパ腺が腫れています。肩の痛みは骨への転移かも知れません。前医では胃の内視鏡検査を行っており異常はなかったとの文面です。

 

肺がんもありません。それなら大腸が疑わしい。そのようにお話しし検査を予定しましたがキャンセルして来ました。

 

痛みのためMさんが再受診されたのは初診から2か月も経ってからでした。肩の変化はやはりがんの骨転移でした。今回はMさんも覚悟を決め大腸内視鏡検査が行われました。しかし良性のポリープが認められただけでした。

 

異常ないということでしたがMさんを説得し今一度胃の内視鏡検査を行わせて頂きました。危惧したように結果は胃がんでした。がんの部分が胃の粘膜の陰になり上から観察しただけではわからないようになっていました。

 

医師になったばかりの頃「前医の診断は信用するな。自身の目で見て耳で聴き触って診断しろ」と先輩から教えられました。先入観に捉われず白紙の状態で診療に臨みなさいという教えであったのだろうと思います。

 

医療機器の普及により内視鏡検査や超音波、あるいはCT、MRI検査すら備えた開業の先生方も増えました。これらの医療機器はただ聴診や打診、血液検査を行うよりもはるかに大きな情報をもたらします。

 

しかし、そうして得られた情報をどのように読み取り解析するかはかなりの知識と経験が必要なように思います。

 

研修医の時代に内視鏡検査を指導した医師から私宛てに内視鏡専門医としての推薦依頼状が届きました。「私は貴君がどのような経験を積まれ現在どのように内視鏡に熟練されているか知りません。だから推薦はできない」と返事を書きました。

 

専門医偏重に対する反省から総合医の養成が叫ばれています。その反面市中の家庭医の先生方はみな総合的医療を行い地域医療に貢献されています。でもそうした先生方も開業前はそれぞれの専門を持った専門医でした。

 

そうした専門性のため家庭医になられても当然得手不得手があると思います。例えば循環器や呼吸器を専門とされた先生方は胃の内視鏡経験はあまりありません。

 

直接覗くのだから変化があればすぐに分かると思いがちですが、実は内視鏡検査には沢山の死角があります。注意をしないと見落としてしまう箇所が沢山あるのです。そうした死角を可能な限り無くし検査を行うのが専門医です。

 

逆に内視鏡医が心臓エコーの所見を理解できないこともあるでしょう。そのような自分の不得手を自覚しないと落とし穴に入ることになります。何よりも診療を受けられる患者さんが不幸なことになります。

 

Mさんの場合もCEAの上昇がなければ紹介されることもなく、診療が続けられていたと思います。

 

さて化石医師は若い頃の教えがしみ込んでおり疑い深い。過去のデータがあれば可能な限り遡り異常はないか、見落としはないかと再確認するようにしています。

 

そのように振り返ると自身の見落としも含め、新しい発見もあります。日常診療においてはいつも疑うことが大切なように思います。

 

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髙山 哲夫(たかやま てつお)

 

1945年 松本市で生誕
1970年 名古屋市医学部卒業
1985年 国民健康保険坂下病院院長
2013年 国民健康保険坂下病院名誉院長
2006年4月より「社会保険旬報」に「随想―視診・聴診」を連載

本記事は幻冬舎ゴールドライフオンラインの連載の書籍『新・健康夜咄』(幻冬舎MC)より一部を抜粋したものです。最新の法令等には対応していない場合がございますので、あらかじめご了承ください。

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