インフォームド・コンセントとは言うけれど…
一口にインフォームド・コンセント(医療側の十分な説明と患者側の同意と納得)と言うけれど、患者サイドに真意を伝えるのは難しい。なぜなら、患者自体が「何を知らず、何を知りたいのか」がわからないからだ。
気管支喘息の患者さんに噴霧式の吸入薬について丁寧に説明し指導したつもりなのに、翌日、親御さんから、「吸入薬を使ったがスプレーが出ませんでした。全然効きません……」と苦情を言われた。使い方を確認すると、吸入薬を上下逆さまに使用していた。
若い母親から、赤ちゃんがどうしても薬を飲んでくれないとの相談を受けた。話をよく聞くと、薬は、食後に与えるものと思い込み、授乳後に満腹状態になった赤ちゃんに薬をムリヤリ飲ませようとしていた。
患者さんに病気や薬の説明をし、患者サイドから「ハイ、わかりました」と言われると、つい安心してしまいがちだが、患者さんが何を勘違いし、どんな思い込みをしているかがわからないといきちがいが起こる。
そういう場合、初診時に薬は短めに出して、次回の受診日を早め、患者サイドのどこに思い込みや勘違いがあるのかをさぐり当てることにしている。
注射恐怖の坊や…母親が子どもにしてあげられるコト
四か月前、肺炎で入院した際、点滴の処置で母親から引き離されパニック状態になったことから、入院中もずっと大泣きしていたという。
それ以後も、カゼなどで受診する度に、大泣きを繰り返した。入院中の恐怖が心の傷になっているのかもしれないと母親は心配していた。
おそらく、入院時の点滴処置の際、暴れて大泣きするため担当の職員から「お母さん、泣いて困るので外で待っていて下さい」と言われ室外に移された。母親が突然いなくなるという、その時の不安や恐怖がよみがえるのであろう。
不安がる母親に次のように説明した。
「血管が細く脱水がひどい小さい子に点滴する場合、ナースや医師はかなりの精神力や集中力を必要とします。そんな時、後ろで肉親の思い詰めた眼差しや息づかいを感じると集中力を発揮できなくなります。
ですから、親御さんを遠ざけて精神を集中して一回で点滴を済まそうとするのです。そういう時は、点滴処置が終わった段階で、親御さんから
『恐かったでしょう。ごめんね。お母さんもそばにいたかったけど、そうするとお母さんもつらくなるのでちょっと離れていたの。でも注射我慢できてよかったね。もう大丈夫よ』
と安心した口調で言い、しっかり抱きしめましょう」
「でも、二歳の子にそんなこと通じますか?」
「言葉が通じなくてもいいのです。お母さんの安心した表情や仕草から言葉の真意が伝わり、点滴が病気をよくするためにやるものだということがやがて分かってくるはずです。
お子さんに、『お母さんはそばにいてあげたかったけど、処置が早く終わるように少し離れていたの。そばにつけなくてごめんね』と伝え、『注射は恐かったけど、注射のおかげでよくなったのよ。よかったね』と治療行為を肯定的に伝えて安心させましょう。
大事なことは、何か思い詰めた不安な表情でお子さんを見ないことです。自信に満ちた安心した態度と笑顔でお子さんと向き合えばいいのです。」
それから四か月後、脱水のため救急診療所を受診した際、再び点滴が必要になった。
母親は点滴の前に本人に点滴の必要性を伝え、それを早く終えるために母親は隣の部屋で待っていることを、笑顔を交えて話したところ、泣きはしたものの前のような大泣きにはならなかったという。インフォームド・コンセントは母子間でも成り立つのだ。
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大宜見義夫(おおぎみ よしお)
1939年9月 沖縄県那覇市で生まれる
1964年 名古屋大学医学部卒業
北海道大学医学部大学院に進み小児科学を専攻
1987年 県立南部病院勤務を経ておおぎみクリニックを開設
2010年 おおぎみクリニックを閉院
現在 医療法人八重瀬会同仁病院にて非常勤勤務
医学博士
日本小児科学会専門医 日本心身医学会認定 小児診療「小児科」専門医
日本東洋医学会専門医 日本小児心身医学会認定医
子どものこころ専門医
沖縄エッセイストクラブ会員
著書:
「シルクロード爆走記」(朝日新聞社、1976年)
「こどもたちのカルテ」(メディサイエンス社、1985年。同年沖縄タイムス出版文化賞受賞)
「耳ぶくろ ’83年版ベスト・エッセイ集」(日本エッセイスト・クラブ編、文藝春秋、1983年「野次馬人門」が収載)