(※写真はイメージです/PIXTA)

個々人にとっては、自分の利益や安全を担保するための正しい行動も、すべての人が同じことをすると、全体の不利益になることがあります。それを「合成の誤謬」といいます。コロナ禍でのマスク不足は記憶に新しいところですが、じつは株価の暴落、日本の20年以上にわたる長期の景気低迷にも、同じメカニズムが働いていると考えられます。経済評論家の塚崎公義氏が解説します。

みんな「正しく」行動すると、みんな酷い目に…!?

「合成の誤謬」というのは、「みんなが正しいことをすると、みんなが酷い目にあう」という意味の言葉です。ちなみに「正しい」というのは倫理的な意味ではなく、「利己的に自分の利益だけを追求したときに合理的な」という意味です。

 

劇場火災が発生したとします。個々の客にとって正しい行動は、非常口に向かって走ることでしょう。しかし、全員が同じことをすると、非常口で押し合いになり、ほぼ全員が悲惨な目にあうかもしれません。

 

みんなが整列してゆっくり歩けば、非常口で押し合うこともなく、全員の利益になるのですが、それは容易なことではないのです。劇場主が「みなさん、列を作ってゆっくり歩いて下さい」と放送しても、従う人は稀でしょう。なんといっても各人が「正しい」ことをしているわけですから。

 

問題は、誤った噂でも合成の誤謬が生じ得るということです。「火事だ」と誰かが叫んだとすると、本当に火事なのか否か、確認する人は稀でしょうから、みんなが非常口に殺到することになります。確認しているあいだにほかの人が先に非常口に近づいてしまうと、自分の順番が遅れてしまうからです。

 

似たようなことは、さまざまな場面で起こります。新型コロナの流行によってマスクが不足し、その次にはトイレットペーパーの不足が起こりましたが、これも合成の誤謬ですね。みんなが「足りなくなりそうだから、少し多めに確保しておこう」と考えたことで本当に足りなくなり、多くの人が困ったわけです。

 

トイレットペーパーの場合は、工場に在庫があったようですが、それを運ぶトラックが不足していたために、店頭から商品が消え、結果として本当に人々が困る事態に陥った…というのが実情のようですね。

 

こうした経験をすると、人々には「なにかが不足するという噂を聞いたら、急いで多めに買うべきだ」と記憶されますから、次からは似たようなことが、もっと大きな規模で起こるかもしれません。

合成の誤謬は「株価暴落」にも当てはまる

株価の暴落も同様です。株価が暴落するという噂を聞いたとき、人々にとって正しい行動は「株の売り注文を出す」ことですが、全員が売り注文を出すと、買い注文がないために売買が成立せず、値段だけ下がって行って、全員が損をすることになりかねません。

 

もっとも、株価の場合には無限に暴落しつづけることはなく、「さすがに株価は下がりすぎだから、いま買って10年持って入れば儲かるだろう」と考えた人が買うでしょう。そうなると、みんなが「株価は底を打った」と考えて一斉に買うかもしれません。株価が暴落したときに狼狽売りをするのは避けたいですね。

 

株価の暴落とは異なり、たとえば銀行の取り付け騒ぎの場合には、事態の悪化がどこかの時点で止まるとは限りません。「あの銀行が危ない」という噂が広まって、人々が預金の引き出しに殺到すると、金庫の現金が底をつき、それを見た人々が「噂は本当だったらしい」と考えてさらに大勢が押しかけ、本当に倒産してしまう…という可能性もあります。

 

株価の暴落で困るのは当該企業ではなく、株を持っている投資家です。しかし、銀行の取り付け騒ぎで困るのは、当該銀行です。その違いが結果の違い、というわけですね。

 

もっとも、取り付け騒ぎの場合には、日銀が現金輸送車で札束を運んでくれると期待されますので、おそらく大丈夫だとは思いますが。

 

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