安売りで増えたお客様からのクレーム
しかし、安さ最優先の仕入れに走った結果、お客様からの「質が下がった」「すぐ曲がった」「使い物にならない」といったクレームの声がどんどん増えていったのです。安ければ、勝手にお客様が集まってくると思っていました。でも、集まってきたのはお客様からのクレームの声だったのです。
ある日、新店舗開店のたびにご贔屓にしてくださっていた外食チェーン企業のお客様から、新店舗の見積もり依頼をいただきました。
安さこそが絶対の正義と信じて疑わなかった僕は、「さらに安い見積もりを出そう! 少しぐらい品質が下がっても気にしないだろう」と、これまでより格段に安く、格段に品質の落ちた商品を選んで見積もりをつくりました。
結果、狙いどおり受注に至ります。
しかし、それ以降は連絡も注文も一度もありませんでした。スプーン1本、鍋1個、再び注文をいただくことなく、無言のうちに飯田屋から離れていったのです。今思えば、格段に品質の落ちた商品に愕然としたのでしょう。
それでも当時は、「価格が高くて満足してもらえなかったのだろうか……」「ほかにもっと安いところを見つけてしまったのだろうか……」と疑心暗鬼になり、安さへの強迫観念に囚われ続けていました。
気がつけば、毎日のように「質が悪くなった」「もう来ない」とクレームばかりが聞こえてきます。飯田屋はお客様からの信頼を完全に失っていったのです。
さらに、悪夢は続きます。
当時、気心の知れた先輩従業員がいました。仕事終わりには、よく一緒に連れ立って飲みに行ったものです。
ある日、その彼が突然、出社しなくなりました。家にも帰らずに失踪し、その日を境に連絡が一切とれなくなったのです。
のちに別の従業員から「実は……」と、失踪した従業員の残した言葉と本当の理由を教えられました。
「この店に未来ないわ……」
寂しそうに、そう漏らしていたというのです。
強迫観念のように価格を下げまくった挙げ句、お客様からばかりか、もっとも身近な従業員からの信頼も失っていたのです。
「なんとかして売上を上げないと、おじいちゃんが人生をかけて残してくれた店がなくなってしまう。母が自身の人生と引き換えに守ってきた店が潰れてしまう……」
と焦りはするものの、家業が扱う商品への思い入れもなく、商品知識を増やそうともせず、価格だけでお客様を釣ろうとした結果、大失敗。
事業承継者という看板を背負って、最年少の新人ながら店のために必死に売上向上へと努めてきたつもりでした。店を守るために手を染めた安売りも、成功を信じて疑いませんでした。みんなの反対を押し切ってでも改革を行えるのは、僕しかいないと思っていたのです。
それなのに……。
安さ以外にライバル店に勝つアイデアを思いつくわけでもなく、自分の何が間違っているのかもわかりません。毎朝、会社に出社するのが怖くて仕方ありませんでした。
「なんで僕はこんなに駄目なんだ。商人失格だ……」
そう落ち込みつつも、日々の売上を追いかけていたある日のこと。神様は僕を見捨てませんでした。
なんと、僕に会いに来てくれたのです。
飯田 結太
飯田屋 6代目店主