「もう…生きているのがつらいんです」
東京都内のアパートで暮らす松田芳江さん(仮名・74歳)は、昨年の冬、区役所の生活福祉課を訪れました。手には、家計簿代わりに使っていた手帳と、家賃の支払い通知。所持金は5,000円ほどしか残っていませんでした。
「もう…生きているのがつらいんです」
震える声でそう伝えると、担当の男性職員はしばらく沈黙した後、こう言ったといいます。
「娘さんは? 援助はもらえないんですか?」
芳江さんは言葉を失いました。
「10年以上前に、娘に絶縁されているんです。シングルマザーで育てて、苦労もしたけど…いつからか連絡もなくなって。結婚したと聞いたきり、孫の顔も見ていません」
職員は「分かりました」と言ってその場を去りましたが、数分後に戻ってきた際にこう付け加えたといいます。
「家族がいるのに生活保護って、正直、難しいですよ」
芳江さんは深くうつむき、「すみません…」とだけ答え、そのまま役所を後にしました。
「生活保護って、悪いことみたいに扱われるんですね。恥ずかしくて、もう行けません」
芳江さんのように、高齢で単身・無収入となった女性の生活は非常に厳しい状況にあります。
厚生労働省『生活保護制度の現状について(2022年)』によれば、生活保護世帯のうち56%が高齢者世帯で、その9割以上が単身です。特に女性の単身高齢者では、老齢基礎年金のみを受給するケースも少なくなく、年金額が低水準にとどまる傾向があります。
一方で、生活保護の申請時には「扶養照会」が行われることがあります。これは、原則として三親等以内の親族に対し、援助の可否を確認する制度で、本人が希望しない場合でも、自治体の判断によって親族に連絡が入るケースがあります。
厚生労働省は2021年に、扶養照会の運用に関する通知を出し、DVや虐待など本人の安全や生活に支障が生じるおそれがある場合や、明らかに援助が期待できない場合には、照会を控えるなど慎重な対応を求めました。
ただし、最終的な判断は各自治体や福祉事務所に委ねられており、運用には地域差があるのが実情です。
