営業部長の反対に耳を貸さず突っ走る
今思えば、なんとも怪しい姿でよく警察へ通報されなかったものです。こうして数カ月ほどで、かっぱ橋の同業者の価格を調査しつくしました。
それをすぐに飯田屋の店頭価格に反映させ、他店よりどんどん安くしていきます。他店が鍋を1980円で売っているなら、飯田屋では1970円。他店の皮むき器が400円なら、うちは398円。とにかく10円でも1円でも安く売って、「どこよりも安い飯田屋」を実現させていきました。
「誰もICレコーダーで価格を調べたなんて思わないだろう! これで放っておいても売れる! もう売上の心配なんてなくなる!」と、僕は自信に満ちあふれていました。
しかし、信じられないことが起きます。
期待していたようにお客様が殺到し、売上がどかんと上がるどころか、普段と売上がほとんど変わらないのです。間違いなく、飯田屋がどこよりも安いはずなのに……。
いったい、なぜ?
■安売りで失った大切なもの
安売り競争への参戦を目指したとき、祖父の代から働き、飯田屋の歴史をいちばんよく知る加藤勝久は猛反対しました。営業部長の加藤は幼いころから頼りになる、僕にとって父のような存在でした。
その加藤が「安売り競争には終わりがない。絶対にやめるべきだ」と言うのです。
しかし、その意味をまったく理解できず、耳を貸そうとすらしませんでした。それどころか、僕は「みんな1円でも安いものを探し求めている。黙って任せてくれよ!」と、一人で突っ走ったのです。
安売りの薄利で利益を得るためには、たくさんの商品を売る必要があります。そして、安く売るための絶対条件として、安く仕入れなければなりません。
商品を1個仕入れたときと、100個、1000個仕入れたときでは原価が異なります。一度にたくさん仕入れたほうが安くなるのは、商売の当たり前のルールです。
でも、経営体力の落ちている飯田屋が大量の在庫など抱えられません。結果、少量仕入れの高い原価のままで安売りをするという、もっともばかげた方法をとってしまいます。
もちろん、莫大な費用を必要とする宣伝広告もできません。身を削るようにして「どこよりも安い飯田屋」を実現したのに、その安さをお客様に気づかせる力がないのです。安売りは資金が豊富にある大企業のやり方であって、経営危機のど真ん中にいる零細企業が安易に行える方法ではありません。そんな大学生でも間違えないような単純すぎるミスを、僕は自信満々の顔で犯していたのです。
「なぜ、みんなこんな素晴らしい方法を思いつかないんだ?」と本気で思っていました。まさに薄利多、売ではなく薄利少、売状態。たまたま飯田屋にご来店くださったお客様が安い商品を見つけ、ご購入くださるだけでした。
事態はさらに悪化していきます。
1円でも安く売るために1円でも安く仕入れられる商品を集めた結果、日本製の高品質な道具が並んでいた売場から、原価が高いという理由だけで国産品が消えていきました。そして、原価が安いという理由だけで韓国製の道具が増えていきます。
それでもまだ高いと韓国製をやめ、中国製に変えていきます。中国製でもまだ高いからバングラデシュ製へ、それでも高いからインド製へ……。とにかく原価が安くなるなら、原産国も品質も関係ないと考えるようになっていきました。
ここまでやると、「飯田屋は安いね」と言っていただけるようになりました。