創造的な人々に共通する唯一の特徴
もし私たちが「いま、ここ」に没入して愉悦を感じられていない、つまりコンサマトリーな状況にないのであれば、それはとりもなおさず、私たちが自分の創造性・生産性を十全には発揮できていない、ということです。
これはつまり、私たちの「幸福感受性」が、私たちの創造性・生産性を高めるためのカギだということを示唆しているわけですが、チクセントミハイは、そのような感受性を多くの人々が摩耗させてしまっている、と嘆いています。
<ほとんどの人々が、みずからの感情について、きわめてわずかしか理解していないことに驚かされる。自分がこれまで幸せを感じたことがあったかどうか、もしあったとすれば、それはいつ、どこであったのか、といったことを言うことさえできない人々がいる。彼らの人生は、特徴のない経験の流れ、無関心という霧の中で、ほとんど認識されない出来事の連なりとして過ぎ去っていく。
この慢性的な無関心の状態とは対照的に、創造的な人々は、みずからの感情ときわめて密接にかかわっている。彼らは常に、自分が行なっていることの理由を理解しており。痛みや退屈、喜び、興味、そしてその他の感情にきわめて敏感である。退屈を感じると、素早く荷物をまとめてその場を立ち去り、興味を抱くと、素早くかかわりを持ちはじめる。>
ミハイ・チクセントミハイ『クリエイティヴィティ』
多くの人は、創造性を「認知に関わる能力」と考えています。だから「○×思考」といったように「認知や思考の技術」として整理・解釈しようとしてしまいます。けれども、このチクセントミハイの指摘を読むと、実は創造性とは「感情に関わる能力」なのだということが、よくわかります。
創造的な人々は、豊かな「幸福感受性」をもっており、興味や喜びを感じることに関わろうとする一方で、仕事に退屈を感じると「素早く荷物をまとめてその場を立ち去る」のです。このような行動は典型的に「ワガママ」として我が国では批判されるものですが、チクセントミハイによれば、まさにこのような思考様式・行動様式こそが、創造的な人々に共通する「唯一の特徴」だと言っているのです。
ところが一方で、我が国の状況を顧みてみれば、多くの人々は「つまらない、くだらない」とぼやきながら、新しい仕事を探すわけでもなく、いまの仕事に意味合いを作り出すわけでもなく、かけがえのない人生の一日一日を垂れ流すようにして過ごしています。ここに、高原社会の実現における最大の課題があると言っていいと思います。
山口周
ライプニッツ 代表