デルタ株の登場で「ワクチン接種者の感染」が相次ぐ
新型コロナウイルスの「ブレイクスルー感染」が話題になっています。ブレイクスルー感染とは、ワクチン接種した人が、稀にウイルスに感染すること。ほとんどの場合は無症状や軽症ですが、入院したり死亡したりする人もいます。
2021年7月3日から17日にかけて、マサチューセッツ州ケープコッドにあるプロビンスタウンでは、6万人以上の人たちが、バー、レストラン、民宿や貸家など、屋内外の密集したイベントに参加していました。7月3日は、街とその周辺では、新型コロナウイルスの感染者はいませんでしたが、7月17日に人口10万人あたり177人まで高まりました。
7月30日の米国疾病対策センター(CDC)の報告によると、感染者346人(74%)は、ワクチン接種(159人(46%)ファイザー、131人(38%)モデルナ、56人(16%)ジョンソン&ジョンソン)をしていました。入院した5人のうち4人はワクチン接種していましたが、死亡は報告されていません。
133人の患者を対象としたゲノム検査では、90%がデルタ変異株でした。ブレイクスルー感染者の大多数(79%)は、咳、頭痛、喉の痛み、筋肉痛や発熱などの症状を経験しました。
CDCは、今回の調査結果から、新型コロナウイルスの感染率が高くない地域でも、感染レベルの異なる様々な地域から来た旅行者が参加するイベントにおいては、ワクチン接種の有無にかかわらず、公共の場では屋内でも、マスクなどで予防することを訴えます。
またCDCは、感染力の強いデルタ株の登場により「戦いは変わった」と言います。
ワシントンポスト紙が入手したCDCの内部資料によると、インドで最初に検出され、今では世界中で支配的になっているデルタ株は、「以前の株とは異なり、伝染性が高く、より重篤な病気を引き起こす可能性が高い」「風邪やインフルエンザよりもはるかに感染力が強く、水疱瘡と同じくらい感染力がある」「ワクチン接種した人でも、ワクチン未接種の人と同じくらい他の人に伝染させる可能性がある」とのことです。
また同資料の「ワクチンの飛躍的進歩とワクチンの有効性に関するコミュニケーションの改善」には、「ワクチンを接種していない人は、接種した人より重篤な病気や死亡のリスクが10倍以上」「ワクチン接種で感染のリスクが3分の1に減少」という情報など、国民の理解を助けるための新しいアプローチが必要であると述べられています。
※1 https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/70/wr/mm7031e2.htm?s_cid=mm7031e2_w
※2 https://www.washingtonpost.com/health/2021/07/29/cdc-mask-guidance/
※3 https://www.washingtonpost.com/context/cdc-breakthrough-infections/94390e3a-5e45-44a5-ac40-2744e4e25f2e/
ブレイクスルー感染の確率は1%未満…ワクチンは有効
そもそも病気を100%予防できるワクチンはありません。インフルエンザのワクチンの有効率は40〜60%、有効率が高い麻疹ワクチンでも約95%です。ファイザーとモデルナの新型コロナウイルスのmRNAワクチンの有効率は94〜95%です。
ところで、ワクチンの有効率が約95%というのは、95%の人を守り、残りの5%の人がウイルスに感染するということではありません。ワクチンの有効性は、「ワクチンを接種せずに発病した人数が、ワクチンを接種したら何%減ったか」という意味です。
オックスフォード大学ピエロ・オリアーロ博士は、医学誌『ランセット』に新型コロナウイルスのワクチン有効率95%の意味を次のように説明しています。
有効率は、100×(1-ワクチン接種者の発病率〔感染率〕÷プラセボ〔非接種者〕の発病率〔感染率〕)で計算されます。臨床試験の参加したグループは、ワクチンを接種しない場合の3ヵ月間で、累積の新型コロナウイルスの発病率が約1%であることから、「ワクチンを接種した人のうち約0.05%が感染する」と予想されます(※4)。
2021年8月1日の未査読のニューヨーク大学の研究者らの報告によると、2021年2月1日から4月30日の間に、新型コロナウイルスのワクチン接種を完了した12万6,367人で、101件のブレイクスルー感染が発生しました。これは、新型コロナウイルス全症例数の1.4%、ワクチン接種が完了した人の0.08%にあたります(※5)。
CDCによると、米国では2021年8月2日までに、1億6,400万人以上が新型コロナウイルスのワクチン接種を完了しました。同時期に、CDCは米国の49の州および準州から、ブレイクスルー感染者で入院または死亡した7,525人の報告を受けました。詳細は、女性3,615人(48%)、65歳以上5,557人(74%)、無症状1,347人(18%)、入院7,101人(94%)、死亡1,507人(20%)でした。CDCは、ブレイクスルー感染者は、ワクチン接種を受けた人のごく一部にしか発生せず、ワクチンは有効であると言います(※6)。
2021年7月30日のカイザー・ファミリー財団(KFF)の報告では、州の公式情報からのデータ(ニュースメディアの報道でのみ得られるデータは含まれていません)を調べたところ、ブレイクスルー感染者の割合は、コネチカット州の0.01%からアラスカ州の0.29%まで、すべての州で1%を大きく下回っています(※7)。
また、KFFは、ブレイクスルー感染者の入院や死亡のすべてが新型コロナウイルスによるものではないことを指摘します。CDCの報告によると、7月19日時点で、入院したブレイクスルー感染5,601件のうち27%、死亡事例1,141件のうち26%が、無症状または新型コロナウイルスとは無関係でした。
※4 https://www.thelancet.com/journals/laninf/article/PIIS1473-3099(21)00075-X/fulltext
※5 https://www.medrxiv.org/content/10.1101/2021.07.05.21259547v2
※6 https://www.cdc.gov/vaccines/covid-19/health-departments/breakthrough-cases.html
※7 https://www.kff.org/policy-watch/covid-19-vaccine-breakthrough-cases-data-from-the-states/
ただし、ブレイクスルー感染には「後遺症」のリスク
イスラエルの研究者らによる、2021年7月28日の医学誌『ニューイングランド・ジャーナル・オブ・メディシン』の報告によると、非常に稀ですが、ブレイクスルー感染者は、新型コロナウイルス感染症の後遺症(Long COVID)のリスクがあるかもしれません(※8)。
研究者たちは、イスラエルのシェバ医療センターで、新型コロナウイルスのワクチン接種を受けた1万1,453人の医療従事者のうち、2021年1月下旬から4月下旬にかけてPCR検査を受けた1,497人を調査しました。その中で、ブレイクスルー感染は39人。軽度の症状か、まったく症状がありませんでしたが、そのうち7人(約19%)は、頭痛、筋肉痛、味覚と嗅覚の喪失、倦怠感など、少なくとも6週間続く症状を発症しました。33人の遺伝子検査で、28人(85%)は、アルファ株として識別されました。
研究者らは、ブレイクスルー感染にかかった39人の医療従事者のうち、22人の抗体値と、ブレイクスルー感染しなかった104人のワクチン接種をした医療従事者からのデータを調べました。すると、抗体のレベルはブレイクスルー感染した人で低くなりました。つまり、ワクチン接種後の抗体のレベルが高いと、ブレイクスルー感染のリスクが減ることが示唆されました。
※8 https://www.nejm.org/doi/full/10.1056/NEJMoa2109072
「ブレイクスルー感染のリスク」を下げるには?
非営利メディアのネットワーク「The Conversation」は、ブレイクスルー感染の可能性を高める要因として、以下を考察しています(※9)。
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1)地域にコロナウイルスがまん延していると、ブレイクスルー感染の可能性が高まります。全米では、新型コロナウイルスの検査の平均5%以上が陽性となっています。アラバマ州、ミシシッピ州、オクラホマ州では、陽性率が30%を超えています。
2)理由は明らかではありませんが、CDCの全国的なデータによると、ブレイクスルー感染症の63%を女性が占めています(※10)。
3)仕事場、パーティー、レストラン、スタジアムなど、密な環境では、ブレイクスルー感染の可能性が高まります。感染した患者と頻繁に接触する医療従事者も、ブレイクスルー感染の可能性が高くなります。
4)ブレイクスルー感染の可能性は、年齢が上がるにつれて高くなります。CDCが追跡したブレイクスルー感染者のうち、75%は65歳以上の患者でした。
5)免疫不全、高血圧、糖尿病、心臓病、慢性腎臓病、肺疾患、癌などの基礎疾患があると、ブレイクスルー感染の可能性、重度の感染症となる可能性が高まります。たとえば、ジョンズ・ホプキンス大学の研究者らの報告によると、臓器移植を受けた人は、ブレイクスルー感染の可能性が82倍高く、ブレイクスルー感染後の入院と死亡のリスクが、ワクチン接種された一般集団と比較して485倍に高まりました(※11)。
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イエール大学医学部のニュースに、インシ・イルディリム博士は「すべてのウイルスは時間の経過とともに進化し、拡散して複製するにつれて変化します」と言っています。
デルタ株が、ワクチンを接種した人や新型コロナウイルスに感染後の自然免疫をもつ人に、よりブレイクスルー感染を引き起こすかどうかは不明です。この問題は、前述のプロビンスタウンでの流行にて再検討されています。イエール大学F・ペリーウィルソン博士は「少なくとも、mRNAワクチンによる免疫では問題にならないようです」と言います。Public Health Englandの分析(まだ査読されていない)では、少なくとも2つのワクチンがデルタ株に有効であることが示されています。
また、ファイザーとモデルナどちらもブースター(3回目接種)に取り組んでいますが、FDAの承認というハードルに直面しています。バイデン政権の当局者はブースターを決定していませんが、7月に65歳以上と免疫系が低下している人にmRNAワクチンの3回目の接種が必要かもしれないと述べました。
以上のことから、現在において、デルタ株から身を守るために最も重要なことは、ワクチンを接種することです。
※9 https://theconversation.com/what-is-a-breakthrough-infection-6-questions-answered-about-catching-covid-19-after-vaccination-164909
※10 https://www.cdc.gov/mmwr/volumes/70/wr/mm7021e3.htm
※11 https://journals.lww.com/transplantjournal/Citation/9000/Risk_of_Breakthrough_SARS_CoV_2_Infections_in.95187.aspx
※12 https://www.yalemedicine.org/news/5-things-to-know-delta-variant-covid
大西 睦子
内科医師、医学博士
星槎グループ医療・教育未来創生研究所 ボストン支部 研究員