「ほっといてくれ」在宅療養で家族関係が悪化した例
在宅療養の開始に伴い、家族と過ごす時間が増える方がほとんどです。介護休暇を取って家族の介護に専念する方も増えています。一緒に過ごす時間が増えることで、家族との仲が良くなる場合もあれば、逆に険悪になることもあります。
裸一貫から会社を立ち上げて大きく育て、仕事を引退して息子さんに引き継いだ糖尿病の患者さん(80代前半の男性)がいました。
ストレスが溜まるとアルコールに依存してしまい、アルコールの副作用で膵臓の働きが悪化、膵臓から分泌されるインスリンの量が減少し、ますます糖尿病が悪化していました。さらに食生活が乱れ、インスリンを打ち間違えることも増え、高血糖、低血糖による意識障害のため病院に救急搬送されることを繰り返していました。
在宅療養がうまくいかないため、ケアマネジャーを中心に、主治医である私、訪問看護師、そして家族がそろい、患者さんを囲んで在宅療養について検討する「サービス担当者会議」が開催されました。
出席した全員が、患者さんの体のことを心配していることを話して、少しでも生活を改善して体調を安定させることができるよう、考えられる限りのさまざまな提案を行いましたが、患者さんの表情は険しくなるばかりです。
最後に息子さんから、いかに患者さんのことを心配しているか、聞いている私たちも心を打たれるような温かいメッセージが伝えられました。さすがに患者さんも心を打たれるかと思ったのですが、実際にはまったくの逆効果で、「俺は誰の言うことも聞かない。ほっといてくれ」と臍を曲げてしまいました。
結局、それ以降も患者さんと家族の関係は改善せず、患者さんの意識を変える良い方法は見つからないまま、病状は悪化の一途をたどり、糖尿病の合併症である足壊疽(えそ)のため長期入院となり、そのまま自宅に戻ることはできなくなりました。
この患者さんの場合は、家族との関係性だけではなく、会社の創業者としてのプライドや、後継者である息子さんに対するわだかまりがあり、関係性がうまくいかなかったのだと思います。このように、家族や私たちがいくら努力しても、家族関係の改善が難しく、在宅療養が困難となるケースもあります。
この事例のように、家族関係が最期までまったく改善しないケースはごく一部です。実際には、在宅療養とその介護を通じて、大方の患者さんの家族関係は良くなると思います。
たとえば、離婚や別居により家族関係が冷え切ってしまい、介護の面でとても心配していた患者さんの家族が、在宅療養とその介護を通じて強い絆を取り戻し、自宅で幸せな最期を迎えるといったケースを、私は何例か経験しています。