※画像はイメージです/PIXTA

在宅療養支援クリニック かえでの風 たま・かわさき院長の宮本謙一氏は「どんなに重い症状の方でも人生を楽しむことは可能であり、在宅療養生活では、入院生活とはまた違った笑いあふれる日々を過ごすことができる」と語ります。ここでは同氏が実際に診た、2人の男性患者の事例について解説していきます。

白血病患者「もう病院には行きたくない」迎えた最期は

Hさん(70代半ばの男性)は慢性白血病の末期状態でした。

 

この方は長年の治療の末、だんだん抗がん剤が効かなくなり、白血病細胞の増殖が抑えられなくなっていました。白血病の方は正常の免疫細胞を十分作ることができず、病状が悪化すると免疫不全の状態となります。

 

さらにHさんは慢性閉塞性肺疾患(COPD)を合併していたため、在宅酸素療法が導入されており、繰り返す肺炎に対し抗菌剤を頻回に使用しながら、なんとか重症化を防いでいました。

 

しかし、懸命の治療にもかかわらず重症の肺炎を合併してしまい、病院に救急搬送され、文字どおり生死の境をさまよいました。十中八九助からないと誰もが思いましたが、奇跡的に生命の危機を乗り越え、肺炎は治癒に向かっていました。

 

ところが、もともと人に縛られることが大嫌いで自由気ままに生きてきた方であり、病院での厳しい生活制限にストレスが爆発し、看護師に当たり散らし、治療途上での退院を余儀なくされました。

 

厳しい病状と、入院生活を全うできなかったことを考えると、これまでの「病状悪化時は病院に救急搬送」という方針をあらためる必要がありました。そこで私は、家族や関係者に呼びかけて、自宅で人生会議を開催することにしました。

 

急な要請でしたが、離れて暮らす息子さんも駆けつけてくれて、主要な関係者が勢ぞろいしました。その場で、まず私から病状を説明し、率直に「この冬を越すのは難しい」との見解を伝えました。Hさん自身、厳しい状況については十分理解していました。

 

その後、在宅でできる最大限の治療について提示したうえで、今後の治療の希望について確認すると、Hさんは「もう病院には行きたくない。俺は家で好きなように生きて、好きなように死んでいきたい」とはっきりと言いました。

 

あっけなく人生会議の結論が出たため、その後は、病状が悪化し身の回りのことができなくなったときの介護の方法などに話が移りましたが、家族に迷惑をかけることを心配したHさんが「やっぱり俺は入院するよ。おまえたちには迷惑をかけられない」と言いはじめました。

 

それはどう見ても本心ではないと思われましたが、Hさんの意思は固く、絶対に入院すると繰り返すようになりました。

 

そこからは私は発言を控え、家族の話し合いに任せることにしました。家族で想いをぶつけ合い、最終的には息子さんの「親父の本当の気持ちを教えてくれ。俺たちは迷惑でも何でもない。できることはするし、できないことはしない。ただそれだけだ。だから本当のことを言ってくれ」という言葉が決定打となり、もう病院には行かない、自宅で最期まで過ごす、という方針に確定しました。

 

そこから約2ヵ月間、肺炎などの感染症を繰り返し、内服や点滴の抗菌剤投与を続けながら、少しでも自宅で良い時間を過ごせるよう診療を続けました。熱が出ても、痰が絡んでも、多少息が苦しくても、歌うことが大好きだったHさんは好きなときに歌い、好きなものを食べて、いつも笑顔で楽しそうに過ごしていました。

 

最期まで苦しそうな表情は見せず、意識がなくなるまで自分のやりたいことを全うして、ちょうどお正月に、たくさんの家族や親族に見守られながら息を引き取りました。人生会議を開催し、患者さんの想いを聞き、関係者みんなで治療方針を統一できたことで、残された限りある時間が非常に有意義なものになったのではないかと思います。

次ページ終末期患者がもつようになる「死への苦悩」

※本連載は、宮本謙一氏の著書『在宅医療と「笑い」』(幻冬舎MC)より一部を抜粋・再編集したものです。

在宅医療と「笑い」

在宅医療と「笑い」

宮本 謙一

幻冬舎メディアコンサルティング

在宅医療は、通院が難しい高齢の慢性疾患の患者さんや、がんの終末期の患者さんなどが、自宅で定期的に丁寧な診察を受けられる便利な制度です。 メリットは大きいのですが、うまくいかないときもあります。 医師や看護師…

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