(※写真はイメージです/PIXTA)

本連載は、東海東京調査センターの中村貴司シニアストラテジスト(オルタナティブ投資戦略担当)への取材レポートです。今回は、ヘッジファンドが「ESGショート戦略」を実行する可能性があるタイミングについて見ていきます。

エーザイによる「ESGと企業価値の関係」の実証結果

エーザイは、88種類のESGのKPI(重要業績評価指標)を選択し、データのサンプルを得た上で、28年分の自社のPBR(株価純資産倍率)との相関関係について重回帰分析を行っている。

 

たとえば、同社の『統合報告書2020』では、次のような実証結果を公表(ESGと企業価値の関係を定量的に開示)している。

 

「人件費投入を1割増加させると5年後のPBRは13.8%向上する」
「女性管理職比率を1割改善させると7年後のPBRが2.4%上昇する」
「研究開発投資を1割増加させると10年超でPBRが8.2%拡大する」

 

ここでの特に重要な点は、遅延浸透効果の提示とともに、定量的なデータを公表することによって、「投資家との客観的な対話」につながる可能性が生まれた点であろう。

 

なお、ここで言う「遅延浸透効果」では、人件費の増加、女性管理職の登用、研究開発投資の拡大などは短期の損益計算書レベルでマイナス要因になるかもしれないが、5年から10年のタイムラグを伴って企業価値を高める可能性(PBRとの正の相関)があることを示している。

 

このような効果を定量的に示すことによって、客観的な数字で投資家と建設的な対話ができる可能性が高まったという点で、意義ある実証分析と考えられよう。

ヘッジファンドの「ESGショート戦略」実行タイミング

今後、他の企業にもこのような「非財務価値の可視化・定量化・顕在化」の流れが広がることで、ESGの視点から日本株式市場全体のPBRの底上げ(プレミアムの拡大)につながっていくと思われる。特に、非財務価値の顕在化によって、企業価値評価が大きく改善する企業へのESGロング戦略は有効な投資戦略になりうると考える。

 

一方で、非財務価値の可視化の過程で、表ではESG先進企業とみなされ、市場の評価が高い反面、裏では経営者のグリード(強欲)やガバナンス不全に陥っているサステナビリティ&SDGsウォッシュ企業(実態を伴わないにも関わらず、持続可能性やSDGsに取り組んでいるように見せかけている企業)をしっかりと見抜き、ESGショート戦略で対応することも重要だろう。

 

本来、ESG投資は長期のバイ&ホールド戦略と相性がいいはずだが、以下の兆候が複数の企業に見られ始めたら、ESGショート戦略の活用も視野に入れ、しっかりと「戦略分散」を実施したい。これを見ると、ESGの拡大が期待される時代においても、まだまだヘッジファンドによる伝統的なショート戦略を活用する機会はあると考えられるはずだ。

 

●ヘッジファンドによる「ESGショート戦略」実行タイミング

①非財務価値を可視化・定量化することで潜在的な企業価値を実態以上に大きく見せようとする企業が複数出始めたとき。特に、遅延浸透効果で30年後から50年後、はたまた100年後に企業価値を高める可能性があるので、これらは非財務価値に加えるべきであり、現在の株価は比較の上で割安に放置されているなどの分析が出てきた場合には注意が必要だろう。

②経営者の報酬が過度に「非財務価値の顕在化→株高→報酬増」にリンクし、グリード(強欲)が顔を出し始める企業が増えたとき。

③本業としての企業の業績価値の向上や企業理念をベースにESG要素を自社組織に中長期的に浸透させることを怠り、見かけ上(机上)のESG価値を高める経営を行う企業が複数存在するとき。

④ESG先進企業として社会や投資家に評価されているが、企業の経営者やIR担当者および従業員などとの対話・インタビューから①~③を生み出す企業文化・組織風土が醸成されていることがわかる企業(特に新興成長企業)が複数見つかったとき。

 

中村 貴司

東海東京調査センター

投資戦略部 シニアストラテジスト(オルタナティブ投資戦略担当)

 

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このレポートは、投資判断の参考となる情報の提供を目的としたもので、投資勧誘を目的としたものではありません。投資判断の最終決定は、お客様自身の判断でなさるようお願いいたします。このレポートは、信頼できると考えられる情報に基づいて作成されていますが、東海東京調査センターおよび東海東京証券は、その正確性及び完全性に関して責任を負うものではありません。なお、このレポートに記載された意見は、作成日における判断です。

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