準備不足のままの事業承継はトラブルの原因に…
このように事業承継の重要性を説明すると、ほとんどの経営者の方は「確かにそうだな」とおっしゃいます。しかしその一方で、「でも、自分はまだまだ働けるのだから、まだいいだろう」と、ずるずると事業承継を先延ばしにしてしまうオーナー経営者も少なくありません。
オーナー経営者──特に、自分で会社を興した創業経営者──にとって、会社は人生の結晶のようなもの。事業を承継してその会社から去ることに対して、なかなか決心がつきにくい気持ちも理解できます。
また、昔と比べて、高齢になっても心身の健康を保てる医療やヘルスケアの環境が整い、元気でいられる年齢が延びていることも、経営者の高齢化、在職の長期化の背景にあるのでしょう。
しかし、適切なタイミングで事業承継の準備を整えておかなかったために、深刻なトラブルを招くことも少なくないのです。
その典型が、経営者が急な病に倒れて亡くなったり意識不明になったりする場合、あるいは、認知症になってしまうケースです。
もし、事業承継の準備をしないまま経営者の意識が失われたり、亡くなったりしてしまうと、残された社員や家族は非常に困ったことになります。
一つは、会社の経営をどうしていくのかという経営継続の点において、またもう一つは、相続における遺産分割や相続税といった財産面において、さまざまなトラブルが予想されます。
事業承継の準備をしないまま経営者が重い認知症になり、意思能力(判断能力)が失われてしまった場合、経営者が保有する預貯金などはもちろん、株式など経営に関わる資産も、事実上「凍結」された状態になってしまいます。
代表取締役を解任するとしても、法的な要件をクリアする必要があります。急逝した場合以上にやっかいな事態になることも多々あるのです。
そのようなリスクがあるために、メインバンクや取引先などは、オーナー経営者がある程度の年齢になると、「事業承継についてきちんと考えて、準備を進めているだろうか」と懸念するようになります。
また、経営に対する意識の高い社員がいれば、やはり同様の心配をします。経営者がきちんとした見通しや準備の状況を示せていれば問題ありませんが、そうではない場合、信用リスクとしてとらえられたり、社内の不安を招いたりすることもあります。
事業承継のための第一歩は「現状の把握」から
事業承継の準備を進めるといっても、何から考え、どう手をつければいいのか分からない、という方も少なくないでしょう。
法律的にいえば、事業承継とは、経営権を維持できるだけの議決権数相当の株式を後継者に移転させることです。つまり、贈与や譲渡によって、後継候補者に一定数(議決権の3分の2以上、最低でも過半数)の株式を移転すればいいということです。そこで後継者候補の観点と、株式(自社株)の移転の観点から、現状を把握して、問題点を洗い出します。
まず後継者候補がいるのかいないのか、いるとすれば親族なのか、親族外(役員・従業員など)の人なのか、その候補にいつまでに、どうやって経営者としての技能や知識を身につけさせて、事業を任せられるようにしていくのか(後継者教育)、などの検討です。
また、後継者候補がいないとするならば、外部から招聘するのか、それともM&Aで会社の売却を検討するのか、考えなければなりません。
一方、株式の観点としては、株式には、会社を支配する「経営権」(株主総会での議決権)という側面と、「財産権」(株価がつく資産)という側面の両方があることを押さえておかなければなりません。経営権については、なるべく後継者に集中させて承継させるほうが経営の安定性を高めます。
しかし、財産権については、子どもなどの親族が後継者になる場合には、相続が密接に関係してきます。相続の公平性(”争続”の防止)という点からは、株式を分散させる(例えば兄弟に平等に贈与する)ことになってしまいます。
また、株式は、評価額や移転の方法によって、課税額も大きく変わってきます。いかに会社や個人資産からのキャッシュアウトを防ぎながら株式を移転させるかという点も、当然重要な関心事になるでしょう。
このように、後継者と株式という2本の柱を中心に、会社、株主、経営者の個人資産、家族などの現状がどうなっているのかを把握することが、事業承継の第一歩となる「現状分析」です。あわせて、将来どのように会社を継いでほしいのかという、経営者としての想いも確認しなければなりません。
次に、正確な現状分析と想いの確認をしたうえで、現時点で、あるいは、一定年月後の将来事業承継が発生した場合に生じる可能性のある問題やリスクを洗い出します。
そして、経営者の想いを反映した事業承継を実現するために、問題やリスクをどう解決していくのか、取り得る具体的な対策を検討します。対策には、時間がかかるものもあるので、中期的な計画を立て、順次実行していきます。
この全体が事業承継対策のプロセスということになります。
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