2019年、米国内店舗閉鎖数は7600店に
■2019年の小売業界を振り返る
パンデミックが猛威を振るっている原稿執筆時点でも、世界の小売業界にとって2019年は遠い昔のことのようで、懐かしささえ覚える。2019年が素晴らしい1年だったからではない。いや、素晴らしくも何ともない年だった。あくまで比較のうえで、2020年が悪すぎたからなのだ。
現に2019年に業界が抱えていた基本的な筋書きは、世界的な減速だった。貿易戦争、関税、地政学的な緊張、膨れ上がった負債に苦しむブランド各社、迫り来る世界的な景気後退が束になって業界に襲いかかり、将来の景況感も展望も悪くなるばかりだった。耐久消費財に対する世界的な需要は落ち込み、中国を含むあらゆる国々で国内生産が減少した。
たとえばイギリスでは、2019年は小売業界にとって史上最悪の1年となった。ブレグジット(EUからの離脱)をめぐる不安に、とどまるところを知らない小売店の閉鎖も重なり、消費者心理の冷え込みに拍車をかけることになった。
当時としては史上空前の低失業率、極めて低い借入金利、所得税減税が揃ったアメリカ経済でさえ、10~12月期全体で小売りの売上高は、前年比0.3%増にとどまった。小売業界で何かともてはやされていた「黄金の四半期」も、すっかり輝きを失っていた。
多くのブランドは息も絶え絶えで、自分たちがどうにか生きながらえるのがやっと。消費者の購買意欲を再び刺激するどころではなくなっていた。百貨店などの業績不振組は、明らかに風向きが変わった世界で、自らの存在意義を問い直すという終わりなき戦いに苦しんでいた。
クレディ・スイスのレポートによれば、2019年10月には、アメリカ国内の店舗閉鎖数は、7600店に達していた。同社の調査開始から25年間で、1~9月期の数字としては最悪の結果となった。同レポートでは、とりわけアメリカのアパレル業界の業績不振は、業界全体にとって特に大きなお荷物になっていると指摘されていた。もっと言えば、アメリカの小売り全般として、何の記録更新も見られなかった。むしろその逆だ。
もっとも、経済が真っ暗闇だったかといえば、そうでもない。投資できる資本がある人には一筋の光も見えた。その数少ない例が株式市場で、主要株価指数は軒並み上昇した。S&P500種株価指数は、12カ月で28%の上昇だった。さらに好調だったのがナスダック総合指数で前年比35%増、ダウ平均株価は前年に比べて22%上昇した。
かたや驚くような収益をもたらした株式市場、かたや長引く景気低迷に見舞われている小売業界。この明暗は、いわばウォール街と繁華街の間にどうやら決定的とも言うべき溝があり、しかもそれが広がり続けていることを物語っていた。一例を挙げれば、アメリカの人口のざっと10%が、株式全体の80%を握っているのである。相場に手を出す余裕がある雲の上の人々は笑いが止まらず、地上の庶民は悲観的になっていたというわけだ。
だが、私は望みを捨てていなかった。誰の目にも明らかな弱点がないわけではないが、小売業界全体が積年の課題に対して、デジタルコマースやデータサイエンス、体験型の店舗デザインといったかたちで、ゆっくりではあるが重要な進歩を遂げつつあったように思える。