埋蔵金や沈没船等の所在が分からない「金」の割合
1971年に当時のアメリカ大統領リチャード・ニクソンが「米ドルの金兌換※(だかん)停止」を宣言して、固定相場制から変動相場制になった金価格は1970〜80年代にかけてかなり上昇しました。
※アメリカのドルを金と引き換えること
一方、電子部品工業はまだ発展途上だったので、この20年間はおそらくその他工業による金の年間消費量は現在の約400トンより低かったでしょう。しかし、直近ではトロイオンス(約31グラム)当たり約2000ドル近くもする金が、1971年までは35ドルという低価格に抑えられていたのです。
1971年というと、私もまだ20代に入ったばかりの学生で、とくに金融経済情勢にも興味はありませんでした。ですが、特別な宝飾品としてではなく、ふだん使いの腕時計や懐中時計の裏面、さらに万年筆のペン先などにかなり純度の高い金を気軽に使っていたことは、おぼろげながら記憶しています。
そう言えば、そもそも外出時に腕時計をしたり、万年筆を持ち歩いたりする人が減ったこと自体、その他工業の金消費量をそうとう減少させているはずです。ですから、1970年以前のその他工業用の金消費量は、現在の年間約400トンよりやや大きかったのではないでしょうか。
というわけで、その他工業製品に組みこまれていて所在もわかっている、あるいは工業製品として何度かリサイクルもしている金のほうが、所在不明の金よりかなり多いだろうというわけです。
ああでもない、こうでもないと考えてきた末に結局ドタ勘の話になってしまって恐縮ですが、太古の昔から採掘されてきたことが確認されている金の総重量のうちで、所在不明の分はおそらく全体の1割にも達しないでしょう。どんなに多めに見てもせいぜい5パーセント程度だろうというのが、私の結論です。
[図表1]の円グラフのデータより8年前の2010年には、すでに採掘済みの総ストックが約16万5600トンとなっていました。そして、宝飾品が8万6100トン延べ棒やコインのかたちでの民間投資が2万9800トン、政府・中央銀行・国際協調金融機関の金準備が2万6500トン、その他工業用が1万9900トンと推計されていました。
総数から以上4項目を引いた所在不明分は3300トンと、全体のわずか2パーセントと見られていたのです。
日本でも、全国各地に時価に換算すると何億円、何十億円にもなる大判小判が埋蔵されているという伝説があります。海外ではもっとスケールが大きくて、ヨーロッパ・アメリカ間の大西洋航路のあちこちの海底に、金地金や延べ棒、金貨を満載した海賊船が沈んでいて、引き揚げれば何百億円、何千億円にのぼる金が手に入ると言われています。
それでも、人類が掘り出し、精錬した金のうち、所在がわからなくなってしまった分はたった2〜3パーセントに過ぎないようです。金がいかに大事にされてきたか、また、いかにほかの物質と化合して正体のわからないものに化けてしまうことが少ないかを証明している数字と言えるのではないでしょうか。
増田 悦佐
経済アナリスト
文明評論家