「家を借りている人」に不利な契約は無効
【不動産賃借権】
(1)売買は賃貸借を破る
不動産の賃貸借(ちんたいしゃく)契約(601条)を締結すると、賃借人には不動産賃借権が生じます。賃借権は物権ではなく債権なので、契約相手である賃貸人に対してのみ債権の内容の履行を請求できます。
それゆえ、賃貸人(所有者)が不動産を譲渡した場合、賃借人は、原則として新所有者に対しては賃借権を主張することができません。新所有者が所有権に基づき明渡(返還)請求をした場合には、賃借人は不動産を明け渡さなければなりません。
(2)不動産賃借権の登記
上記(1)の例外として、不動産の賃借権を法務局で登記すれば、賃借人は新所有者に対しても賃借権を主張することができます(605条)。しかしながら、賃借人には登記請求権がなく、賃貸人の協力も得られないため、不動産賃借権の登記はあまり利用されていません。
(3)借地借家法
ア 借地借家法の趣旨
民法には賃貸借の規定(601〜622条)がありますが、特別法として借地借家(しゃくちしゃっか)法があるので、不動産賃貸借については借地借家法が優先的に適用されます。借地借家法は原則としてすべての建物の賃貸借に適用され、建物の用途は問いません。『三軒長屋』の政五郎や楠のように事業用兼居住用として建物を利用していても借地借家法が適用されます。
本来は、契約内容をどのようなものにするかは契約当事者の自由ですが(521条2項)、弱い立場にある賃借人の居住利益を保護するための規定が借地借家法には設けられています。その規定に反する特約で賃借人に不利なものは無効です。
『三軒長屋』において、政五郎は、賃貸人が建物の使用が必要となったら速やかに明け渡すと入居前に約束しています。しかしながら、そのような特約は、賃貸人は正当事由がなければ解約などができないという規定に反しており、賃借人に不利なので無効です。政五郎は、賃貸人に正当事由がなければ、明渡義務はありません。
イ 建物の引渡し
債権であり、物権に比べると効力が弱い不動産賃借権は、借地借家法により物権化(強化)されており、前項(1)(2)の例外規定があります。建物の引渡しを受けていれば、引渡し後の新所有者(競売による買受人で一定の者は除く)に対して建物賃借権を主張することができます(借地借家法31条)。
そして、借地借家法などにより賃借権を主張できる場合において、不動産が譲渡されたときは、原則として賃貸人の地位は譲受人に移転します(605条の2第1項)。
『三軒長屋』の場合、政五郎も楠も建物の引渡しを受けて入居しているので、引渡し後の新所有者に建物賃借権を主張することができます。新所有者が賃貸人になります。
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【借地借家法31条(建物賃貸借の対抗力)】
建物の賃貸借は、その登記がなくても、建物の引渡しがあったときは、その後その建物について物権を取得した者に対し、その効力を生ずる。
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