落語で学ぶ改正民法~「消滅時効」とは?
『掛取万歳(かけとりまんざい)』
(麻生芳伸 編『落語百選冬』〔筑摩書房、平成11年〕232〜250頁参照)
八五郎は、ある年の大晦日、掛取り(*1)にくる債権者をどのように追い返すかを思案する。前年と同じく死んだふりをして乗り切ろうと考えたが、女房が嫌がったため、債権者の好きなもので言い訳をして追い払うことにする。
家賃の回収にきた家主は狂歌(きょうか)(*2)が好きなので、狂歌で追い返す。
芝居好きの酒屋は、芝居で追い返す。
喧嘩好きの魚屋が支払うまでは動かないというので、八五郎は気の済むまで1年でも2年でも座っていろといい返す。魚屋が他にも掛取りに行かなければならないので帰ろうとすると、1銭も支払っていないにもかかわらず八五郎は領収書を置いていけという。さらに八五郎がお釣りを出しなといったため、魚屋は怒って帰ってしまう。
最後に、万歳(*3)好きの三河屋の旦那がやって来た。旦那が「いつ払えるだァ」というと、八五郎は「100万年も過ぎてのち、払います」。
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【言葉の意味】
*1 掛取り…売掛金の回収。
*2 狂歌…滑稽味を帯びた短歌。
*3 万歳…千秋万歳の略称。大道芸の一種。
「借金等を請求する権利」は、行使されなければ消滅
【消滅時効】
(1)消滅時効とは?
消滅時効とは、権利が行使されない状態が継続した場合にその権利の消滅を認める制度です。消滅時効が存在する理由として、期間の経過により過去の事実の立証が困難になることから債務者を保護する、権利を長期間行使しない債権者は保護に値しないなどが挙げられます。
なお、時効には、取得時効という制度もあります。こちらは、物などを一定の期間支配した者が権利を取得することを認めるものです。
(2)消滅時効の対象になる権利
消滅時効の対象になる権利は債権などです。勘違いされやすい点ですが、所有権は消滅時効の対象にはなりません。もっとも、他人が取得時効により物の所有権を取得すると、その反射的効果として、元の所有者は所有権を喪失します。
(3)債権の消滅時効期間
債権はどれくらいの期間が経過すると、時効により消滅するのでしょうか。債権の消滅時効期間は、令和2年4月に施行された改正民法により単純化及び統一されました(改正前は後述のコラム参照)。
原則として、(権利を行使することができ、かつ)債権者が権利を行使できることを知った時(主観的起算点)から5年間、または権利を行使することができる時(客観的起算点)から10年間行使しない場合は、債権は時効によって消滅します(166条1項)。すなわち、行使できることを知れば5年間で消滅し、行使できることを知らなくても行使できる時から10年間で消滅します。
『掛取万歳』の場合、支払期限が到来すれば行使できることを知ることになるでしょうから、家主、酒屋、魚屋及び三河屋の各債権は、支払期限から5年間行使しないと消滅します。
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【166条(債権等の消滅時効)】
1項 債権は、次に掲げる場合には、時効によって消滅する。
1号 債権者が権利を行使することができることを知った時から5年間行使しないとき。
2号 権利を行使することができる時から10年間行使しないとき。
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なお、不法行為による損害賠償請求権(724条)や生命・身体の侵害による損害賠償請求権(167条、724条の2)などの時効期間については、【図表】のとおり例外が設けられています。
不法行為による損害賠償請求権の場合に主観的起算点からの時効期間が原則よりも短い3年間となっているのは、不法行為は通常、未知の当事者間において偶発的な事故に基づいて発生するものであり、不安定な立場に置かれる加害者を保護するためです。また、生命・身体の侵害による損害賠償請求権の時効期間が長期なのは、生命及び身体という法益は重要性が高いからです。