本記事は、西村あさひ法律事務所が発行する『金融ニューズレター(2021/6/16号)』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所または当事務所のクライアントの見解ではありません。

本ニューズレターは、2021年6月16日までに入手した情報に基づいて執筆しております。

 

農業法人に対する投資の円滑化に関する特別措置法(以下「投資円滑化法」といいます)の一部を改正する法律(以下「改正法」といい、改正法による改正後の投資円滑化法を特に「改正後投資円滑化法」といいます)が本年4月28日に公布され、養殖事業に対する新しい資金調達方法が認められるようになりました。

 

本号においては、養殖事業に対する金融機関による投融資の方法(デット・ファイナンスかエクイティ・ファイナンスか)、投融資の引当資産・依拠の対象(養殖設備の交換価値か養殖事業のキャッシュフローか)、投融資の対象者(養殖事業者か養殖資産保有者か)などの観点について概説の上、現行法上組成可能なスキームについて検討します。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

一 養殖事業に対するファイナンス供与の手法

1. 投融資の方法(デット・ファイナンスかエクイティ・ファイナンスか)

 

一般に金融機関による投融資の方法にはデット・ファイナンスとエクイティ・ファイナンスの2種類の方法があげられます。

 

デット・ファイナンスとは借入や社債など負債による資金調達であり、具体的には、銀行及び貸金業者などの金融機関からの(担保)ローンなどがあげられます。

 

エクイティ・ファイナンスとは、株式の発行や組合出資などによる資金調達であり、具体的には金融機関、ファンド及び事業会社からの株式出資、匿名組合出資などがあげられます。

 

投資円滑化法はエクイティ・ファイナンスを主な対象としていますが、改正後投資円滑化法においては、漁業が同法の対象に追加されており、施行は公布の日から6月を越えない範囲内において政令で定める日とされています(改正法附則第1条)。

 

改正前の投資円滑化法では農業法人に対して出資及び経営指導を行うことについて農林水産大臣から承認を受けた株式会社(以下「承認会社」といいます)又は投資有限責任組合(以下「承認組合」といいます)は、株式会社日本政策金融公庫から出資を受けることが認められており(投資円滑化法第8条)、また民間金融機関はこの承認会社又は承認組合に対する出資を通じて、投資リスクを分散しつつ農業法人に出資することが可能でした。

 

改正法によって、新たに法律の目的に漁業の事業者に対する投資の円滑化を図ることが追加されるとともに(改正後投資円滑化法第1条)、承認会社または承認組合の出資対象に漁業法人が追加されました(改正後投資円滑化法第3条、第2条第2項、第2条第1項第3号)。これによって、金融機関は承認会社又は承認組合を通じて漁業法人に分散投資をすることも可能となり、漁業に対するファイナンスの大きな後押しとなる可能性※1もあります。

 

※1 なお、令和2年10月1日現在で承認会社はアグリビジネス投資育成株式会社の1社となっており株主も限定されている一方、承認組合は22組合で組合員も多様であり、金融機関にとっては既存又は新設の承認組合を通じた出資が現実的と考えられる。

 

2. 投融資の引当資産・依拠の対象(養殖設備の交換価値か養殖事業のキャッシュフローか)

 

(1)アセットファイナンス


アセットファイナンスとは融資対象資産の交換価値に依拠したファイナンスです。養殖事業においては、転用可能な養殖設備、海面養殖に使用する船舶、水中ドローンなどの機器について金融機関のための担保を設定して、金融機関がそれらの交換価値に応じた額の融資を実行したり、金融機関がそれらの機器を養殖事業者に対してリースする方法によるファイナンスが可能と考えられ、既に取引として実施されているものもあると考えられます。


(2)プロジェクトファイナンス


プロジェクトファイナンスとは特定のプロジェクトに対するファイナンスであり、その返済原資を原則として当該プロジェクトからのキャッシュフローに限定するファイナンスを指します。特定の資産の交換・清算価値に依拠するのではなく、あくまでプロジェクトから将来発生するキャッシュフローに依拠する点がアセットファイナンスと異なります。

 

養殖事業の場合、養殖事業者の保有する資産には、①網、筏など第三者への転売が困難なものが含まれていたり、②陸上養殖の敷地などの不動産についても、オフィスビルやレジデンス用地などと比較して高い交換価値はない場合が多く、アセットファイナンスのように資産の交換価値のみに着目するのでは、養殖事業全体をカバーする資金調達を行うことには限界があると考えられます。そこで、養殖事業の保有する資産の交換価値を超えた規模の融資を実現する場合、養殖事業の将来のキャッシュフローも含めて信用力を判断するプロジェクトファイナンスの利用は検討に値します。

 

3. 投融資の対象者(養殖事業者か養殖資産保有者か)​


国内外の養殖事業に対する投融資については、養殖事業の遂行者が養殖事業に必要なアセットも保有し、資金調達も行う場合と事業遂行者とアセット保有者(資産保有ビークル)を分離して、アセット保有者が資金調達を行う場合に大別されます。

 

(1)アセット保有者と事業遂行者が同一の場合


まず、アセット保有者兼事業遂行者が特定区画又は施設の養殖事業(以下「対象養殖事業」といいます)のみを行う専業会社の場合には、投資家はアセット保有者兼事業遂行者が有する対象養殖事業に係るアセット及び当該事業から生じたキャッシュフローからのみ投資を回収することになりますので、対象養殖事業の成否のリスクを直接投資家が負担することになります。

 

これに対して、アセット保有者兼事業遂行者が複数の養殖事業その他の事業を実施している場合に投資家が負担するリスクは以下のとおりとなります。

 

(a)対象養殖事業とその他の事業の責任財産を分別する場合

 

この場合には、上述の養殖専業会社に投資する場合と同様に、投資家は原則として対象養殖事業の成否のリスクを負担することになります。但し、アセット保有者兼事業遂行者に倒産手続が開始された場合には対象養殖事業に関するアセットも倒産財団に含まれたり、アセット保有者兼事業遂行者による支払全体が停止・リスケされるなど、対象養殖事業の投資家に、アセット保有者兼事業遂行者の他の事業のリスクも波及する場合もありえる点に留意が必要です。

 

(b)対象養殖事業とその他の事業の責任財産の分別を行わない場合

 

この場合には、投資家はアセット保有者兼事業遂行者の行う事業全体に係る資産・キャッシュフローから弁済を受けられる一方で、対象養殖事業以外の他業リスクを負担することになるため、通常のコーポレートファイナンスに近づくことになります。すなわち、当該アセット保有者兼事業遂行者の信用力に依拠することとなります。

 

また、アセット保有者と事業遂行者が同一の場合には、対象養殖事業のリスクをデット投資家・エクイティ投資家の双方が負担することとなります。もっとも、エクイティ投資家は対象養殖事業からの収益のアップサイドを剰余金配当等で享受できますが、デット投資家は基本的に定額の利息収入や手数料しか収受することはできません。従って、デット投資家は、エクイティ投資家と同程度にはプロジェクト・リスクを負担できず、プロジェクト・リスクが大きいほどエクイティ投資家の出資部分を厚くしてエクイティクッションを用意するなどの対応が必要となるのが一般的です。

 

(2)アセット保有者と事業遂行者が異なる場合

 

アセット保有者と事業遂行者が異なる場合として、アセット保有者が投資家から提供を受けた資金をもとに取得・建設した養殖事業アセットを、(複数の事業を行う※2)事業遂行者に対してリースし、事業遂行者からのリース料を返済原資として、投資家への返済・配当を行う場合が考えられます。

 

※2 事業遂行者が対象養殖事業のみを行う場合には、他事業のリスクから対象養殖事業を切断する必要性はなく、アセット保有者を別途手配する必要性は低くなります。

 

この場合には、リース料を、固定化し又は最低リース料を設定するか、或いは完全又は一部業績連動型にするかによって投資家が負担するリスクが異なります。固定又は最低リース料が設定され、事業遂行者が信用力のある事業会社である場合又はリース料の支払についてスポンサーからの信用補完があるような場合、投資家はリース料の支払が確保される範囲で養殖事業のリスクを負いません。

 

この場合には、投資家が投資の回収を受けられるか否かは、対象養殖事業以外の他事業を含めた事業遂行者の全体の資産又はスポンサーの資産からリース料を支払うことができるか(すなわち事業遂行者及びスポンサーのクレジット)に依拠することになります。一方で、リース料を完全業績連動型とする場合には、返済原資であるリース料が対象養殖事業の業績に直接連動して変動することになりますので、投資家は対象養殖事業のリスクを負うことになります。

 

また、リース料が固定部分と業績連動部分の双方から構成される場合には、返済可能性が高い固定部分がデット投資家の返済原資となり、業績連動部分のリース料は、リスクに応じてエクイティ投資家への配当原資となるよう、リスク分担や利益率を調整することも考えられます。

 

このように養殖事業スキームには様々な形態が考えられますが、養殖事業者の事業の規模・業種の範囲、対象養殖事業の種類・事業性、デット・エクイティ投資家の属性・意向を踏まえ、ケースバイケースの対応が必要になると解されます。

 

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杉山 泰成
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