強制退去が執行…父親に突き放された息子の末路
執行官は叫び、執行の現場は騒然としました。「警察」という言葉を聞いて、我に返った様子の哲郎さんからは、悪臭が漂っていました。背中まで伸びた髪の毛は何日も洗われていないようです。
部屋の中は、ゴミ屋敷のようでした。昼間からお酒を飲んでいたのか、テーブルの上にはビールの空き缶が並べられています。少し落ち着きを取り戻した哲郎さんに、執行官は執行手続きを説明します。ところが、哲郎さんは、「親父が払うから。いつまでに払えばいいの?」という言葉を繰り返すばかりでした。
執行官が部屋に公示書を貼り、期日までに部屋から退去するように伝えても、哲郎さんは最後まで「親父が払えばここに居られるんだろう?」と言い続けます。
1回目の催告の後、関係者が話し合いをしました。奇声を上げる、暴れるということで、近所から度々通報があり、哲郎さんは現場近くの警察ではよく知られた存在だったそうです。そこで話し合いには、警察の方にも入っていただきました。
垣間見る哲郎さんの姿は、とても経済活動ができるとは思えません。アルコール依存症の可能性は高く、精神も少し病んでいるかもしれません。とはいえ、病気だと断定できる状況でもなく、年齢的にも1カ月後の断行日には、やはり退去させるしかないという結論に至りました。
しかしながらこの状態で、哲郎さんは生きていけるのでしょうか。自身で生活保護の申請等ができるのでしょうか。役所へ相談に行けるのでしょうか。ここはご家族の助けが必要ではないか、そう思いました。
確かに哲郎さんは40歳を過ぎたいい大人です。血の繋がった親から、本人の問題だと切り捨てられても仕方がない年齢でしょう。ただ少なくとも今の哲郎さんを見る限り、ひとりで生活ができるとはとても思えません。何らかの支援は必ず必要なのです。
それでも結局、慎之介さんは、哲郎さんがご実家に戻ることを受け入れてくれませんでした。「世間体が悪い」。慎之介さんが何度も口にしたのはその言葉だけだったのです。
「約束通り、すべての費用は負担します。でもお金以外のことはできません」
そうなると、私たちにはどうすることもできません。いよいよ強制退去の断行の日。予め警察も待機して、手続きが始まりました。哲郎さんは、午前中にもかかわらず、またお酒を飲んでいるようでした。
前回同様暴れだしたので、警察の方が哲郎さんを部屋の外へ連れ出します。その間に荷物は、部屋から運び出されていきます。20年近く住んだ部屋には想像以上の量のゴミが溢れていました。
このゴミの中で、哲郎さんはどんな思いで生活していたのでしょうか……。結局、哲郎さんは身の回りの物だけを持って自転車で立ち去り、慎之介さんからは約束の金額がきちんと振り込まれてきました。
家主に依頼された家賃滞納の問題は、解決しました。けれども、私の心に残ったのは、なんとも後味の悪い複雑な思いだけでした。
※本記事で紹介されている事例はすべて、個人が特定されないよう変更を加えており、名前は仮名となっています。
太田垣 章子
OAG司法書士法人代表 司法書士
【関連記事】
■税務調査官「出身はどちらですか?」の真意…税務調査で“やり手の調査官”が聞いてくる「3つの質問」【税理士が解説】
■月22万円もらえるはずが…65歳・元会社員夫婦「年金ルール」知らず、想定外の年金減額「何かの間違いでは?」
■「もはや無法地帯」2億円・港区の超高級タワマンで起きている異変…世帯年収2000万円の男性が〈豊洲タワマンからの転居〉を大後悔するワケ
■「NISAで1,300万円消えた…。」銀行員のアドバイスで、退職金運用を始めた“年金25万円の60代夫婦”…年金に上乗せでゆとりの老後のはずが、一転、破産危機【FPが解説】
■「銀行員の助言どおり、祖母から年100万円ずつ生前贈与を受けました」→税務調査官「これは贈与になりません」…否認されないための4つのポイント【税理士が解説】