誰かがやってきて僕に話しかけた
「そうやって先ばかり見てると、足元が見えなくて転ぶのよ!」
朦朧(もうろう)としつつも頭の中に色々な思いを駆け巡らせていると、誰かがやってきて僕に話しかけた。看護師さん? いや、この声は近くに住む姉が様子を見にきてくれたのだろうか……。僕の顔を覗き込んで少し怒っているようにも見える。でも、僕は今までたまっていた疲れが一気に溢れ出したようで、身体が動かない。
「身体壊したらなんにもならんのよ、ちょっとは自分のことも考えんといかんよ」
姉には去年から会社の経理を手伝ってもらっていた。子供の頃から無鉄砲で思いついたらすぐ走り出す僕のことを、追いかけて捕まえては叱っていた。昨年はまだ思うように利益が出ていなかったので随分苦労をかけた。
最初の頃姉は経理の経験がなく、数字の間違いも多かった。普通の社員にならば気配りをして相手が傷つかないように注意するが、どうしても身内には甘えが出る。その頃難波店の赤字で毎日苦しんでいた僕は、そのストレスを姉にぶつけて小さいミスをひどく叱った。
姉は僕に叱責されて一人でこっそり泣きながら、それでも耐えて僕をずっと支えてくれた。ありがたい存在だ。夢うつつの中、口を開いてお礼を言おうと思ったが、言葉が出ない。
何が夢で何が現実かわからないまま、僕は深い眠りの中に落ちていった。
どうやら点滴の中には精神安定剤も入っていたようだ。ぐっすり眠った次の日の目覚めはとても爽やかだった。朝起きて確認したところ、姉は昨夜確かに見舞いにきてくれたようだが、僕の心の中には足元に気をつけろという言葉が引っかかっていた。あの言葉は姉のものなのか……。
その日も姉は様子を見にきて、「もっと自分の身体をいたわれ、酒の飲み過ぎだ」などと怒っていたが、その言葉をどこか遠いところで聞きながら、かといって昨日の言葉について確認するのもおっくうなので黙って一人思いを巡らせていた。
「なんでも一人でしようとするからいかんのよー」
「もうねー、拓馬は何でも自分だけでできると思って、なんでも一人でしようとするからいかんのよー」
延々続いていた姉の説教のうちのひとつのフレーズが、急に耳に入ってきた。そうだ、一人では、経営の仕組みが作れない。僕は顔を上げて言った。
「そうやね、やっぱり一人じゃ無理だな。ちょっと考えるわ」
急に弟が素直になったので、姉はちょっと拍子抜けしたように、驚いて僕の顔を眺めていた。
僕は決心した。国生(こくしょう)さん――彼にCIELの経営スタッフとして参加してもらおう。
「美容師の労働条件を改善したい」SNSで繋いだ縁
求人のためにツイッターを使おうと決めた後、僕は美容師さんのフォロワーを増やすために美容師さんたちが知りたいような情報を連日投稿していた。それによって美容師さんのフォロワーも増え、美容業界の人たちとも幅広く繋がることができるようになったのだ。
国生さんとの出会いもツイッターだった。彼は美容師で、Aホールディングス傘下の有名美容室で、最初3店舗目の店長をやっていて、この会社が10年かけて上場に至るまでをスタッフの立場からみてきた、という経歴の持ち主だ。
2016年のある日、彼はバーで酒を飲んでいた時に、たまたま隣で飲んでいた投資家から「ヤーマンという投資家が美容室を始めたらしいよ」と教えてもらったらしい。その後僕のツイッターを読んで興味を持ち、ツイッターで直接連絡をしてきた。そのメールから始まって何度も一緒に飲みにいき、今後日本の美容業界はどうあるべきか、などと朝まで飲みながら語り明かしていた。
彼は僕よりも10歳年上ということもあり、考え方がしっかりしていて、冷静に現状を分析、判断できる人だった。美容業界の情報、薬剤の知識も豊富な彼の力をぜひ借りたい。僕は彼に一緒に仕事をしてほしい、とお願いした。
国生さんも僕が次々に新しいアイデアを取り入れて実行していくことを評価してくれていた。そして日本の美容業界の古い体質、特に美容師の労働条件の悪さを改善したいという僕の姿勢にとても共感している、と話してくれて、一緒にやっていきましょう、と僕のオファーを快諾してくれた。
CIELは元々僕と田中さんで始めたので、田中さんにも国生さんに経営スタッフとして加わってもらうことを話した。このとき田中さんはあまり良い返事をしなかった。でもこれから店舗数を増やして会社としての仕組みを整える上で、経営スタッフを強化することはどうしても必要なのだと僕は力説した。最終的に田中さんは「ではこれからは3人でやっていきましょう」と、同意してくれた。
山下 拓馬
OXY株式会社 代表取締役
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