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「日々の経営は困難の連続だ」
ここで、なぜ中小企業家同友会が経営指針の成文化運動を全国的に展開しているのかについて記し、次いで経営指針作成セミナーのカリキュラムの基本的内容を概観しておきたい。
まず前者についてだが、中小企業家同友会全国協議会(中同協)が発行している「経営指針成文化と実践の手引き」と題する冊子には、次のように説明されている。
「同友会は、『経営指針の成文化と実践』運動を、同友会の三つの目的や自主・民主・連帯の精神、『国民や地域と共に歩む中小企業』の具体的実践として位置づけています。すべての中小企業家に『経営指針の成文化と実践』を呼びかけ、同友会の輪と、中小企業家の連帯の絆をさらに広げていくことをめざしています」
つまり経営指針の成文化運動を展開することで、同友会の理念を広め、具体的な活動の輪を広げていく。その延長線上で、同友会の仲間を増やしていこうとしているのだ。
では、経営指針の成文化は会員企業にとって、どういう意味を持つのか、なぜ必要なのか。中小企業家同友会全国協議会前会長の鋤柄修相談役幹事は著書『経営者を叱る』で、こうわかりやすく記している。
「日々の経営は困難の連続だ。まるで古い水道管を修理するように、あちらを押さえればこちらから水が噴き出し、こちらを手当てすればあちらが故障する。その繰り返しである。
目が回るような日常にあって、経営者は往々にして我を失い、道を誤る。経営者だけでない。社員はなおのことだ。そんな時こそ『経営指針書』が役に立つ。」
宮城同友会の第28期「経営指針を創る会」の募集要項は、
「(今後)経営環境はますます厳しくなる事が予想されます。この時代を乗り越え、自社の進むべき道を明らかにするのが『経営指針書』です」
と記し、このセミナーでは「情勢変化に対応する会社をつくるため、社内の共通言語・価値基準となるのが経営指針(理念・ビジョン・方針・計画)です。『経営理念』『10年ビジョン』『経営方針・戦略』『経営計画』=『経営指針』を一気通貫で成文化します」と続ける。
宮城同友会のカリキュラムは、初回説明会で「経営指針の基礎講座とカリキュラムの説明」が行われ、第2講義から第5講まで、自社の現状認識から始まり経営指針(理念・方針・計画・10年ビジョン・組織図)づくりへと、まさに一気通貫で行われる。
そのうえで、日をあらためて会員の修了発表会を行うことになっている。
参加者はこのカリキュラムとスケジュールに則って自社の経営指針をつくり上げていくわけだが、そこには先にも触れたように、懸崖とも言うべき大きな難題が立ちはだかっているのだ。
鋤柄氏に「経営指針づくりに関して、この項目はどうしても受け入れられないと言う経営者には、どういう話をされるのか」と尋ねた。
「この項目はどうしても受け入れられない」というのは、先に紹介した、千葉同友会の元代表理事の笹原繁司氏がセミナー受講当初に頑なに思い込んでいたようなことと関連する。
まず、「何のために経営しているのか」と聞かれれば、「お金を儲けるため、食うため」と答え、次に「どんな会社にしたいか」と聞かれれば、「これは俺がつくった会社なのだから、俺がどうしようと大きなお世話だ」と反発する。
「あなたにとって社員とは何か」と聞かれると、「社員?給料を払っているのだから(言われた通りに)仕事するのは当たり前だろ!?」。重要なパートナーだなんて思いもしない。そうした創業者や二代目経営者が陥りがちな、素朴な思い込みが生む強い反発のことである。
鋤柄氏の答えはこうである。
「そういう人には、あなたは経営指針を誰のためにつくるのかって聞くのです。すると間違いなく、自分のためにだという答えが返ってきます。
そこで私はこう言うのです。自分のためにつくれば、社員は、あれは社長が自分自身のためにつくった経営指針だと思う。ですから従うような顔はしているが、面従腹背で心では理解していない。どんな良いことが書かれてあっても、あなたの心が全く伝わっていないのですと。
心が伝わってこそ同友会らしさ、つまり経営者と労働者とは立場は違うけれども、人間としては対等だということが理解し合えるのです。社長だけの言葉では限界があります。そのために幹部と指針について話し合い、幹部はそれを部下に読ませ、意見を聞き、それを最終的に経営指針に反映させることが大事なのです」