鍵受け渡しの日、現地に行くと部屋は…
鍵受け渡しの日、現地に行くと部屋はぴかぴかでした。
「フローリングはワックスがけしたよ。バルコニーもモップで水苔をとったから、きれいでしょう? 家主さんに迷惑かけたから、せめてものお詫びに一生懸命心をこめて掃除したよ。
何日かかけて掃除していたら、いろんなことを思い出してね。20年も住めば、家にはいろんな歴史も刻まれるよね。今回、新型コロナウイルスで高齢者の重症化が多いって言うじゃない。自分も初めて『死』を意識したんだよね。まだまだ先だと思っていたけど、ある日突然亡くなるってこともちゃんと考えておかないとなって。
だから家じまいも必要だったんだよ。新型コロナウイルスがなければ、このまま住み続けることしか考えなかったから、本当にいい機会だったと思う」
安住さんのこの言葉で、私は泣きそうになりました。この日に至るまで、安住さんにはやっぱりこの家に住み続けたいという気持ちがありました。そこを受け止めながら、私は説得していくしかありませんでした。それは安住さんにとっても、私にとっても、とてもタフな作業でした。
年を重ねると、先のことを具体的に想像したり、それに対して予防したりすることが面倒になるのか、根気がなくなるのか、考えたくないのか、将来のリスクを納得してもらうのに、とても時間がかかります。いちばん怖いのは、信頼関係が崩れ、連絡が取れなくなってしまうこと。そうならないように根気よく話し合っていくしかありません。
新型コロナウイルスという得体の知れない恐怖がなければ、この結果は生まれなかったのではないか……そう思います。賃貸トラブルに携わって20年弱。数えきれないほどの退去立ち会いをしてきましたが、ここまでぴかぴかな部屋は初めてです。
「安住さん、とにかく健康には気を付けてがんばってくださいね」
私の言葉に「健康でなくなったら滞納分払えないからね。がんばるよ。これからもよろしくな」と言って歩いていく安住さんを、私は見送りました。
家って、なんだろう。自分が素に戻れる場所。癒しの場所。家族の笑顔がある場所。生活の基盤。寝るところ。家ってなんだろう……。何度も考えました。答えは人の数だけあるのかもしれません。ただ少なくとも新型コロナウイルスは、人々が「家」というものを考える大きなきっかけになったことは間違いありません。
※本記事で紹介されている事例はすべて、個人が特定されないよう変更を加えており、名前は仮名となっています。
太田垣 章子
OAG司法書士法人代表 司法書士
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