「社員は不安のどん底」……。1980年の創業以来、石油ボイラーの販売を手掛けてきた長府工産。市場の変化に耐えられず、業績は低迷、退職者も続出していた。倒産寸前の同社が立て直しのために呼んだのは、「私は退きます」と、2年ほど前に会社を去っていた元専務の伊奈紀道氏。同氏の経営手腕はいかほどだったのか。ノンフィクション作家である神山典士が取材した。

突然現れた外部のコンサルタントが始めたこと

黒川たち工員にもはっきりと社内で起きている「変化」が見えたのは、2004年頃のことだった。前社長の肝入りで、ある日突然亀浜工場にMという人物が「営業部長」の肩書で現れた。

 

その日以降、それまでの工場のあり方をどんどん変えていく。それは製品の品質を上げようというものではなく、ひたすらコストカットを主眼としたものだった。頑張って売上を伸ばそうという社員の心とは乖離する方向だったのだ。

 

――あの人は東京のコンサルタント会社の人らしい。社長はこの工場を売り飛ばそうとしているみたいだ。M&Aで高く売れるように「身繕い」をしているんじゃないのか? 社員たちは陰でそう言い合っていた。

 

その頃から、石油ボイラーの市場が急速にシュリンクし始めたこともこの噂の根拠だった。問題は、このときの長府工産には二つの「派閥」があったことだ。一つは専務だった伊奈紀道や井村隆たちの営業部隊だ。こちらは西日本地域だけでなく東北・北海道も見据えた営業エリアを構築中で、全国を飛び回って営業を展開している。

 

伊奈は「ファーストコールカンパニー(お客さまから最初に電話をもらえる会社)」を目指して、身を粉にして営業現場を飛び回っていた。その一方で、製造現場を仕切っていたのは前社長だった。

 

こちらも現場のたたき上げの人物で、かつてヒット商品の数々を生み出した実績がある。伊奈よりも一回り以上年上で、長府工産創業以来数々の困難を解決してきていたが、一方で独裁的にならざるを得ない部分もあった。

 

彼の頭の中では陰りゆく石油ボイラーの将来を憂いて、工場を売却することも視野に置いていたかもしれない。問題はこの営業部隊と物づくり部隊が真っ二つに割れてしまったことだった。物づくりの現場にいる当時の黒川の直属の上司は、外様のM氏の考え方にすごく共感して支持した。

 

ところが専務の伊奈や井村たちは営業派として、M氏の考え方にはどうしても共感できなかった。営業部隊としては、売れなくなることが見えている石油ボイラーだけでなく、市場が期待する新商品に力を傾注しようという意見だった。

 

それはオール電化製品であり、エコキュートと呼ばれる商品だった。当時の社内の様子を、黒川が振り返る。

 

「私が違和感を持っていたのは、当時、営業部がいろいろ注文をとってきて、『早く作ってくれんだろうか?』みたいな話はたくさんあったんです。現場の責任者としては、『頑張ればできる』と思っていたんですが、そのオーダーを受ける工場の部長クラスの人が、『できん』と営業に言ってたんです。ぼくはすごくそれに違和感を持ちました」

 

つまり言ってみれば、二派閥の対立から、嫌がらせに近い行為が横行していたのだ。まだ一工員だった黒川には、どうしようもない対立だった。

 

「お互いに相手が気に入らないから、まぁ無茶を言ってくるわけですよ。これからはこうしてくれ、ああしてくれって言ってるにも関わらず、また無茶で返してくる。ここは小さい会社ですから、そんなの当たり前にあるわけですよね。私はそれで鍛えられたともいえます。私は当然上司に、『そのオーダーならできますよ』って回答するんですけど、上司が『そんなん急がんでいいから』と言う。そんなことしてたら会社がもたないだろと、すごく違和感がありました」

 

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社員の幸せを創る経営

社員の幸せを創る経営

神山 典士、伊奈 紀道

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