「正社員」になることを考えなかった恐ろしい理由
「東京で初めて宝塚歌劇を観たんです。観たことあります? 別世界でしょう? 全身に電流が走ったみたいな衝撃というか、感動を受けて。どうしてもまた観に行きたくて。でも週末のチケットって取りにくいんです。だけど正社員だと平日に休みにくいから」
そうやってずっと宝塚歌劇を観たさに、派遣社員で仕事をしてきました。将来のことなんて、まだ考えもしていませんでした。いずれ誰かと結婚するだろう。それまで仕事して、大好きな宝塚歌劇の舞台を観に行って。次はいつどの舞台を観よう、そう思うことで仕事にも力が入りました。
ところがコロナでその歯車が狂ったのです。唯一の生きがいだった宝塚歌劇の舞台は、休演が続きました。別世界の感動を生で味わうことができません。そして景気低迷の余波で、派遣の職も失いました。
「部屋、もうこれ自分では片づけられないよね。業者さんに撤去してもらってもいい?」
私の提案に、女の子は素直に首を縦に振りました。軽トラック一台ではとても無理な量です。業者に任せることに同意してくれて、正直私もホッとしました。
これを「自分で……」なんて言われたら、いつまで経っても解決できないでしょう。まずはこの部屋が元の状態になれば、一歩前進できます。次は生活を立て直すために、お金の問題があります。
現在は無職。手元の貯金も、あと1カ月もすれば底をつきそうとのこと。私からは、いったん実家に戻ることを提案してみました。でも今まで従順だった彼女は、この提案は受け入れてくれなかったのです。
「実家は頼れません。お母さん、再婚したし。私、相手の人あまり好きじゃないから」
はっきりそう言い切る彼女に、何が何でも実家に戻るようにとは言えなくなってしまいました。
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