麻酔科医から在宅医へと転身した矢野博文氏は書籍『生きること 終うこと 寄り添うこと』のなかで、「最期までわが家で過ごしたい」という患者の願いを叶えるために、医師や家族ができることは何か解説しています。

 

とにかく入院してもらい、点滴で現状の改善を目指すこととなりましたが、飯田さんは自分の境遇を悲しむわけでもなく、嘆くわけでもなく、怒りの感情もなく、ただ淡々と入院し、夕食の野菜雑炊を完食しました。

 

突然の入院から1週間で、飯田さんはすっかり元気になりました。娘さんにも参加してもらい、退院に向けての話し合いをしました。自宅では息子さんと同居中でしたが、実質的には独居と変わらず、退院して自宅で生活するためには、食事と排便コントロールが問題となりました。

 

食事は配食サービスを利用し、医学的なことは訪問診療と訪問看護でカバーすることとし、やっと退院の運びとなりました。退院の数日後、化学療法のために病院を受診しましたが、CT検査で肝転移巣の拡大を指摘され、飯田さんは自分の意思で治療を中止しました。

 

そんな重要な意思決定の後も、飯田さんは淡々と自宅での生活を続けました。しかし食事や排便には無頓着で、食事は自分の好きなビスケットしか食べず、排便コントロールについて訪問看護師を困らせました。

ベットには飲み物、お寿司、お菓子が散乱…再入院決定

自宅療養に移行後、私は飯田さん宅に通いました。自宅に帰って10日ほどがたったころ、訪問してみるといつもの状況とは違っていました。発汗多量、四肢の冷感が著明で、サチュレーションは80パーセントでした。

 

気道の吸引をしてもサチュレーションの改善はありません。飯田さんの寝ているベッド上やその周囲は飲み物、食べかけのお寿司、ビスケットなどが散乱していました。

 

「またクリニックに入院しますか?」と飯田さんに問うと、飯田さんは他人事のように淡々とうなずきました。

 

すぐ救急車で当院の病棟に搬送しました。入院後酸素吸入でサチュレーションは何とか安全域を維持できましたが、血液検査上は炎症反応が著明で、誤嚥性肺炎を疑い抗菌薬投与を開始しました。

 

しかし、炎症反応以上に肝障害が進行しており、栄養状態も急激に悪化していました。入院二日目、病状が少し落ち着いた飯田さんのベッドサイドで私は飯田さんに質問をしました。

 

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本記事は幻冬舎ゴールドライフオンラインの連載の書籍『生きること 終うこと 寄り添うこと』より一部を抜粋したものです。最新の税制・法令等には対応していない場合がございますので、あらかじめご了承ください。

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