PCRに限らず、ルーティンで行う検査には偽陽性が付き物です。しかしなぜそのような検査はなくならないのでしょう。感染症医の筆者が解説します。※本記事は、岩田健太郎氏の著書『僕が「PCR」原理主義に反対する理由』(集英社インターナショナル、2020年12月刊)より一部を抜粋・再編集したものです。

「全国の入院患者すべてにPCR」は大間違い

話はちょっと飛びますが、根拠のあるデータに基づく医療を「エビデンス・ベースド・メディスン(EBM)」といいます。EBMの反対は、医師個人の経験や、実験室でのデータにしたがって行なわれる診療です。

 

つねに知識を最新の研究成果にアップデートするように心がけて治療や検査などを行ない、かりにミスが起きた場合、「なぜ、そうしたミスが起きたのか」をみなで検討して、今後のプロセス改善にフィードバックする――そうした1連の治療態度をEBMと呼びます。この考え方が普及してきたのは21世紀になってからだとも言われています。

 

さて、問題の「ベイズの定理」はEBMにおける有力な診断ツールの1つで、近年では医師国家試験に出題されるようになりました。

 

しかし、僕が医学生だった頃はEBMを教えていない大学が大多数だったと思います。幸い、島根医大では福井次矢先生(現・聖路加国際病院病院長)が非常勤講師としておいでになり、当時新しかったこのコンセプトの触りのところを講義されていました。が、これとて時間の制約もあり、しっかりと教わってはいませんでした。

 

EBMが日本の医学部でちゃんと教えられるようになったのは、おそらく21世紀になってからでしょう(この「ちゃんと」というのが大事です)。

 

つまり、現時点で、中堅からシニアの医者たちは、独学で勉強していないかぎり、EBMもベイズの定理も知らないわけです。

 

「日本全国すべての病院のすべての入院患者にPCRをするべきだ」。第2波がやって来る以前、そんな意見があちこちから出ました。そういう意見を医療雑誌で表明した医者もいます。結論から言えば、「全国の入院患者すべてにPCR」は、やるべきではありません。それは無意味であるだけでなく、有害ですらあるからです。EBMを無視した考えです。

 

全国の入院患者すべてにPCRを行なえば、検査技師さんの負担は激増します。すべての入院患者にPCRをするということは、すべての入院患者のコロナ感染を疑うということです。したがって、主治医も担当看護師も防護具をつけて対応しなければいけません。患者さんを個室に隔離するといった、感染防御もしなければならない。

 

そこまでの労力を費やしたとしても、正しいことは分かりません。間違った結果による混乱も起こります。

 

誤解のないように書いておきますが、僕は「無症状の人に検査をするな」と言っているわけではありません。

 

たとえば、「クラスターが発生した場所にいたけれど、今のところ症状は何も出ていない」という人は、無症状ですが検査を考慮してもいいでしょう。「クラスターの中にいた人と濃厚接触したけれども、今のところ無症状」という人にも検査は検討されるべきです。クラスターの追跡で無症状の人にPCRをするのは、少なくとも合理的です。それはある程度、事前確率も高いわけですから、1つの戦略として成立します。

 

しかし「病院に入院している」という理由だけで、無症状者の検査をする必要はまったくありません。その病院で1人の感染患者も出ていない段階で行なう検査は事前確率を検討していないのですから、PCRであれ、抗原検査であれ、抗体検査であれ、失敗します。「入院患者全員にPCR」を提唱する医者に、まさか悪意があるとは思えませんから、おそらく彼らはEBMやベイズの定理について勉強をしていないのでしょう。

 

 

岩田 健太郎

神戸大学病院感染症内科 教授 

 

 

僕が「PCR」原理主義に反対する理由 幻想と欲望のコロナウイルス

僕が「PCR」原理主義に反対する理由 幻想と欲望のコロナウイルス

岩田 健太郎

集英社インターナショナル

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