コロナ禍には機械的な検査よりも「主観」が有用
事前確率(検査前の患者さんの行動から推測できる、その病気を持っている確率)が極端に低いときは陽性という結果の9割以上が間違いだと推定されますが、それでは事前確率が高い人の検査結果についてはどうなるのでしょうか。
目の前に新型コロナが疑われる患者さんがいます。事前確率は10パーセントとしましょう。同じような患者さんが10人いたら、1人は感染者であるという程度の事前確率です。PCR検査の結果は陽性でした。このときの事後確率、つまり「その人が本当に陽性である確率」を計算すると、どうなるのか。
答えは99パーセントです。
したがって、その人はまず間違いなく新型コロナに感染していると診断して、僕たちはその後の対応を検討します。
発熱があり、咳があり、「喉が痛い」「味覚がない」と訴えている患者さんがいたとします。その人が住んでいる地域では、新型コロナが流行しています。事前確率は60パーセントとしましょう。PCR検査は陰性でした。
このケースの事後確率を計算すると、13.1パーセントという答えが出ます。この場合の「確率」は、陰性という結果が正しいケースですから、これでは、本当にその患者さんが陰性であるという確率はかなり低い。
言い換えるならば、この患者さんが本当は陽性である確率は、100-13.1=86.9ということですね。
つまり、事前確率が60パーセントであるとき、陰性と判定された人の約87パーセントが本当は陽性であるわけです。事前確率が高いときには陰性という結果はアテにならないと考えておいたほうが安全でしょう。
ただ、事前確率というのは見積もりです。「ここ1ヵ月で神戸市には1人しか感染者が出ていない」とか「この患者さんには発熱と咳がある」といった事実をもとに「事前確率はこれくらいだろう」という見積もりをするわけです。
つまり、そこには人間の主観が入る。ですから、その結果である「尤度」(判断のもっともらしさ)も主観が左右します。PCRの感度/特異度というのは「だいたいこれくらいだろう」という見積もりにすぎません。その感度/特異度から算出するのが尤度なのですから、尤度にも主観が入るわけです。
なおかつ、事前確率をいくら高めても、事後確率はなかなか100パーセントにはなりません。つまり、ベイズの定理を用いたからといって、100パーセント正しい結論を導き出せるわけではない。
これがベイズの定理の理解されづらいところで、真実に近づくプロセスに主観が入ることが理解できない人、納得できない人は少なからずいます。その当時、最も優れた統計学者であったロナルド・フィッシャーも「ベイズの定理に納得できない」と公言した、その1人でした。
ですから、今ここで僕が「さあ納得してください」と言ったところで、納得できない人はたくさんいるはずです。直感的に「何かおかしい」と思う人もいるでしょう。その気持ちは僕にも分かります。
しかし、われわれはまだ感染症や病気というものを、本当の意味で原理的に摑み取れてはいません。摑み取ろうとはしているけれども、摑み取れていない。そうした状況において、ベイズの定理は実に有用です。
経験的に言っても、事前確率を見積もらずに機械的に検査を運用すると、その検査全体が失敗してしまいます。そうした事実がなぜ起きるかを明らかにしている点で、ベイズの定理は重要な概念なのです。
なお、ベイズの定理にご興味のある方は日本語で書かれた本がいくつも出ています。どれも簡単に分かるとまでは言えませんが、ぜひチャンレンジしてみて下さい。