身に覚えがないPCR陽性は「ほぼ間違い」であると考える根拠

「急に病院に運ばれてきた妊婦にPCRは必要か」という議論があります。しかしその人がコロナウイルスに感染している確率が高い生活を送っていたかどうかによって、医師は検査や隔離の有無を変えます。この判断のもととなる「検査前の確率」を推定する方法について、詳しく解説します。※本記事は、岩田健太郎氏の著書『僕が「PCR」原理主義に反対する理由』(集英社インターナショナル、2020年12月刊)より一部を抜粋・再編集したものです。

「事前確率」理解の鍵となる「ベイズの定理」

ここでいったん立ち止まって、先ほどから僕が使っている「事前確率」とはどういうものなのか、もう少し詳しく説明してみたいと思います。話がいきなり飛んでしまって申し訳ないのですが、統計学の定理の1つに「ベイズの定理」というものがあります。18世紀の数学者トーマス・ベイズによって示された定理です。

 

なかなか難しい定理で、世に広く理解されるようになるまで100年以上かかりました。今でも理解できない人はたくさんいます。統計学の大御所ロナルド・フィッシャー(1890〜1962年)は20世紀に活躍した人ですが、彼でさえ「ベイズの定理は理解できなかったし、納得できなかった」と言っています。

 

事前確率は、このベイズの定理で示された概念です。したがって、事前確率とは何かという詳しい説明をするには、まずベイズの定理を説明しなければなりません。ベイズの定理とは何か。できるだけ単純に説明すると、「結果から原因を推定する方法」です。これはいろいろなことに応用ができて、たとえば「その人が新型コロナに感染しているかどうか」という推定にも用いることができます。数式で表すとこうなります。

 

【事前確率×尤度(ゆうど)=事後確率】

 

たいていの人は、この数式を見ても何のことやら、まるで分からないでしょう。

 

まずは言葉の説明をします。

 

事前確率とは「検査前の確率」です。検査を受ける前、その人が新型コロナに感染している確率はどれくらいなのか。その見積もりが事前確率です。

 

尤度とは「尤(もっと)もらしさ」を表す数値で、このケースではPCRの感度/特異度から算出します(計算式は複雑なので省略します)。

 

事後確率とは「検査後の確率」です。検査をしたあと、その人が新型コロナに感染している確率はどれくらいなのか。その見積もりが事後確率です。これでもたぶん何のことだか分からないでしょうから、具体的に例を挙げて説明してみましょう。

事前確率0.01%なら、陽性は90%以上の確率で間違い

2020年5月末から6月末までの1ヵ月間、僕が住んでいる神戸市では新型コロナの感染者は2人しか見つかりませんでした。

 

でも、もしかしたら神戸市には他にも感染者がいたかもしれません。本当は10人の感染者がいたけれども、見つかったのは2人だけだったのかもしれない。あるいは、本当は50人の感染者がいたかもしれない。

 

真実は誰にも分かりませんが、あえて多めに見積もってかりに150人の感染者が隠れていたと考えてみましょう。神戸市の人口は約150万人です。そのうちの150人が感染していると仮定すると、神戸市民の感染確率は1万分の1、つまり0.01パーセントです。

 

そんな状況のもと、神戸市在住の妊婦さんが病院に運ばれてきたとします。新型コロナが疑われるような症状は出ていませんが、「念のため」という理由でPCRを受けてもらいました。すると陽性という結果が出ました。この場合、「陽性という検査結果が正しい確率」はどれくらいなのか。まず、事前確率は0.01パーセントです。くり返しになりますが、これは多めに見積もった数字です。

 

PCRの感度/特異度については、医学論(Woloshin S, Patel N, Kesselheim AS. “False Negative Tests for SARS-CoV-2 Infection? Challenges and Implications.” The New England Journal of Medicine. 2020 Jun 5;0(0):null.)では「感度は70パーセント、特異度は95パーセント」と見積もっています。分科会の尾身茂先生は2020年7月6日の記者会見で、PCRの感度は70パーセント、特異度は99パーセントと仮定していました。

 

「PCRの精度がそんなに低いはずはない」という意見もあるでしょうから、ここでもあえてPCRを過大評価して、感度90パーセント、特異度99.9パーセントと仮定してみましょう。

 

事前確率0.01パーセント、PCRは感度90パーセント、特異度99.9パーセント。そう仮定して、ベイズの定理の数式に当てはめて事後確率を計算すると、どうなるか。

 

答えは8.3パーセントです。

 

つまり、陽性と判定されたその人が新型コロナである可能性は8.3パーセントしかありません。事前確率が0.01パーセントだったとき、陽性という結果は90パーセント以上の確率で間違っているわけです。

 

 

岩田 健太郎

神戸大学病院感染症内科 教授 

 

 

神戸大学病院感染症内科 教授

1971年島根県生まれ。島根医科大学(現・島根大学)卒業。沖縄県立中部病院、ニューヨーク市セントルークス・ルーズベルト病院、同市ベスイスラエル・メディカルセンター、北京インターナショナルSOSクリニック、亀田総合病院を経て、2008年より神戸大学。神戸大学都市安全研究センター医療リスクマネジメント分野および医学研究科微生物感染症学講座感染治療学分野教授。神戸大学病院感染症内科診療科長。著書に『「感染症パニック」を防げ! リスク・コミュニケーション入門』(光文社新書)、『感染症は実在しない』(インターナショナル新書)、『ぼくが見つけたいじめを克服する方法』(光文社新書)など多数。

著者紹介

連載感染症専門の内科医が「PCR」原理主義に反対する理由

僕が「PCR」原理主義に反対する理由 幻想と欲望のコロナウイルス

僕が「PCR」原理主義に反対する理由 幻想と欲望のコロナウイルス

岩田 健太郎

集英社インターナショナル

なぜ、ノーベル賞科学者でさえも「コロナウイルス」が分からないのか? その理由は日本人独特の「検査至上主義」にあった! 人間の体は宇宙よりも謎に満ちていて、素粒子よりも捉えがたい。そのことを知らないで、「机上の…

メルマガ会員限定記事をお読みいただける他、新着記事の一覧をメールで配信。カメハメハ倶楽部主催の各種セミナー案内等、知的武装をし、行動するための情報を厳選してお届けします。

登録していただいた方の中から
毎日抽選で1名様に人気書籍をプレゼント!