本記事は、西村あさひ法律事務所が発行する『金融ニューズレター(2021/4/27号)』を転載したものです。※本ニューズレターは法的助言を目的とするものではなく、個別の案件については当該案件の個別の状況に応じ、日本法または現地法弁護士の適切な助言を求めて頂く必要があります。また、本稿に記載の見解は執筆担当者の個人的見解であり、西村あさひ法律事務所または当事務所のクライアントの見解ではありません。

本ニューズレターは、2021年4月27日までに入手した情報に基づいて執筆しております。

 

昨年12月に70年ぶりの大改正を伴う改正漁業法が施行されると共に、近時は魚類の陸上養殖を中心に養殖プロジェクトについて多くの報道がなされています。一方で、天然魚の漁獲高及び漁業従事者は減少の一途を見せており※1、養殖魚による漁獲高の補填及び養殖技術の改善による業務効率化と従事者の確保は極めて重要な課題となっています。

 

また養殖設備(網、敷地、建物、水槽、濾過装置、パイプ等)の大規模化及び先進化を持続可能なかたちで実現するためには、養殖漁業の特殊性に対応したファイナンス手法による継続的なバックアップも不可欠となります。

 

西村あさひ法律事務所では、アグリ・フードビジネスに高い関心を有する弁護士有志でこの分野に独特の産業構造、事業リスク、レギュレーション等について研究を進めており、今回は養殖事業に対してファイナンスを提供する場合の法的問題点について2回にわたり概説します。

 

なお、この分野は文献・判例等の法務面の資料が少ないため、本ニュースレターは、関係法令の法文や関係省庁の発表資料をベースとせざるを得ず、そのため養殖漁業実務の実態(当局のスタンスや行政指導、口頭指導など)を十分に反映できていない可能性がある点にご留意ください。

 

※1 例えば、漁業従事者数は1961年約70万人→1993年約32.5万人→2017年約15.3万人と減少して、漁獲高も1984年をピーク(1282万トン)に1990年以降急激に減少し、2018年には442万トンとなっています(水産庁 令和元年度水産白書)。

 

(※写真はイメージです/PIXTA)
(※写真はイメージです/PIXTA)

一 改正漁業法の概要

1. 漁業法の適用対象


漁業を行うためには魚類の生息場所である水の存在が不可欠ですが、漁業法上は大きく分けると、①海面(海面に準ずる湖沼として告示される水面を含む)、②内水面(海面以外の水面)及び③公共の用に供しない水面(公共の用に供する水面と連接して一体をなすものを除く)の三種に大別されます。

 

漁業法の適用対象は、①海面及び②内水面であり、海面養殖(典型例:海上に網で隔離した筏等を設けて飼育)や内水面養殖(≒淡水魚及び淡水生物の養殖)は漁業法の適用を受けるのに対して、陸上養殖(掛流し式or閉鎖循環式)に使用される飼育水槽は③に該当し、漁業法の適用を受けないことになります。従って、投融資案件を組成する場合の適用法令は、海面・内水面養殖と陸上養殖では大きな差異が生じることになります。

 

2. 改正法の主な内容


改正漁業法では海洋生物資源の保存及び管理に関する法律(〈TAC法〉を漁業法に統合し、①新たな資源管理システムの構築〈科学的根拠に基づき資源管理目標を設定し、資源を維持回復する〉、②生産性の向上に資する漁業許可制度の見直し〈競争力を高め、若者に魅力ある漁船漁業を実現する〉、③養殖・沿岸漁業の発展に資する海面利用制度の見直し〈水域の適切・有効な活用を図るための見直しを実施する〉及び④漁村の活性化と多面的機能の発揮等に関する施策・規制が盛り込まれています※2

 

※2 詳細については、水産庁漁業法等の一部改正する等の法律案の概要について参照。

 

3. 養殖事業への影響


養殖事業ファイナンスに関連性の高い改正は、上記2.③に関するもので、企業が漁業法の対象となる養殖事業に新規参入したり、既存の漁業者が養殖場を新設する可能性が拡大されています。具体的には、改正法は漁業権者※3に対して、その漁場を適切・有効に活用する責務及び漁場活用に関する報告義務を課すと共に、漁場の適切・有効な活用を継続的に漁業の免許を付与するための要件としています。

 

そして漁業権を付与する者の決定※4において、旧法下の法定の優先順位は廃止され、①既存漁業権者が漁場の適切・有効に活用している場合には当該漁業権者に、②既存漁業権者がいない場合又は既存漁業権者が漁場を適切・有効に活用していない場合には、地域水産業の発展に最も寄与する者に免許が付与されます。

 

従って、①の場合の既存の養殖業者に事業資金を提供したり、先進的養殖施設の導入資金を提供する場合や②の場合の養殖事業に新規参入しようとする企業等に初期投資コスト等を提供する場合がファイナンス取引の候補となりますが、既存の漁業権者が漁場を使用している場合には、当該漁業権者が優先されるため(特に良好な漁場区画については既存の漁業権者が積極的に事業展開・継続していることも想定されるため)、漁業権者の代替わり・事業承継が行われるタイミングや新しい養殖設備の導入により、従来は養殖事業が難しかった区画(例えば、高波や潮流の激しい区画)で新規にまたは規模を拡大して養殖を行うような場合がターゲットになり得るとも考えられます。

 

※3 養殖業は漁業法上は、区画漁業に分類される。区画漁業は、下記のとおり第一種から第三種に分かれていますが、法文からは区別が付きにくいと思われます。

第一種区画漁業 一定の区域内において石、瓦、竹、木その他の物を敷設して営む養殖業

第二種区画漁業 土、石、竹、木その他の物によつて囲まれた一定の区域内において営む養殖業(築堤式、網仕切り式養殖業)

第三種区画漁業 一定の区域内において営む養殖業であつて前二号に掲げるもの以外のもの

第一種が養殖の典型例となるが、海面を大きく囲んで魚類を養殖する場合には、第二種区画漁業に該当する。

 

※4 漁業権の期間は、原則として真珠養殖業等に関する区画漁業権については10年、その他の区画漁業権については5年とされているため、一般の養殖用魚類に関する区画漁業権は5年毎に漁業権者の見直しが行われることになると解されます。

 

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○執筆者プロフィールページ 杉山 泰成

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