マーケティングは「需要の飽和」を先延ばしにする活動という側面があります。「必要のないものの消費」という破壊行為を生む、不道徳なものといえます。デザイナーのパパネックは「最もいかがわしい」とまで辛辣に指摘しました。マーケティングがいかに倫理的に問題であるのかについて具体例とともに山口周氏が解説します。※本連載は山口周著『ビジネスの未来』(プレジデント社)の一部を抜粋し、編集したものです。

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    無理やりな需要の刺激に気づきつつ…「欺瞞」の限界

    現代に目を転じても、「戦略の十訓」に掲げられているような戦略意図をまったくもたずに新商品の開発・導入を企画している会社を見つけることは極めて難しいだろう、ということには注意が必要です。みなさん自身が勤めている会社のことを考えてください。ここに掲げたような意図をまったくもっていない、と自信をもって断言できる人はおそらく1人もいないでしょう。

     

    意図を明示的に言語化すれば明らかに不快なのだけれども、ではそのような意図を当の自分がもっていないかと問われれば、自信をもって否定することもできない。だから、普段は見て見ぬ振りをする、自分でそのような行為に加担しながら、そのような意図が意識上に上ってくるのを押さえつけるようにする…多くの人はそのようにしてなんとか精神のバランスを保って日々の仕事に没入しているわけです。このような行為を「欺瞞」といいます。

     

    安全で快適に暮らすための物質的要求は必ず飽和します。松下幸之助翁の言う通り、ビジネスの使命が「潤沢なる物質の提供によって社会から貧を根絶する」ことにあるのだとすれば、飽和はその使命の達成ということで祝うべき状況です。

     

    しかし、私たちの社会はこれを受け入れることができません。使命として掲げていることが達成されることを喜べず、使命が達成されそうになるとわざわざいらぬ「混乱」をつくり出してそれを延期する、ということを延々と行っているのがいまの社会なのだということが、「戦略の十訓」を読めばよくわかります。

     

    嫌な話ですが、大規模な災害や戦争の後にはGDPが増大します。大きな破壊が起きるとその破壊を埋め合わせるための大規模な生産が必ず後で発生するからです。これはつまり、経済成長というのはそもそも、その前提として破壊という営みを必要としているということですが、だからといって経済成長のために戦争を起こそう、災害を祈ろうということにはなっていません。

     

    なぜか? それがあまりにも非倫理的だということが誰にとっても明らかだからです。なので「破壊」という言葉を、当たり障りのない「別の言葉」に置き換えて、これを促進させることで経済を活性化させようということが、一種のまやかしとして行われることになります。

     

    この「別の言葉」が「消費」です。「消費」とはすなわち「廃棄してスクラップにする」ことですから「破壊」と同義なのです。そして、この「消費と呼ばれる破壊」を促進するための知識・技術の体系が「マーケティング」なのであるとすれば、この活動が潜在的にいかに大きな問題に接続されかねない「倫理的にギリギリの活動」なのかが理解できると思います。

     

    ここにもまた「引き裂き」の状況が生まれています。私たちの社会は、近代以来ずっと続けてきた「無限の上昇を求める強迫」と、有限性によって強まる「着陸を求める引力」に引き裂かれていますが、資源・環境・ゴミ・汚染といった問題は「引力の力」を構成する大きな要因となっています。

     

    私たちのほとんどは、そういった「引力」を実感していながら、「やめられない、止められない」という慣性の力に無為に従うことで虚無感に苛まれながらも日々の経済活動に携わっています。

     

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    ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す

    ビジネスの未来 エコノミーにヒューマニティを取り戻す

    山口 周

    プレジデント社

    ビジネスはその歴史的使命をすでに終えているのではないか? 21世紀を生きる私たちの課せられた仕事は、過去のノスタルジーに引きずられて終了しつつある「経済成長」というゲームに不毛な延命・蘇生措置を施すことではない…

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