呆然とたたずむ長男…手には白い封筒が
「どうしたの?」Mさんの声を聞きつけて、隣室にいた家族も集まってきました。そこには、片手に母親の遺影が入っていたフォトスタンド、もう片方の手には白い封筒を持ったMさんが呆然と立っていました。
封筒の表には、達筆な文字で「遺言書」と記されていました。父親はいつもベッドサイドに母親の写真を置いて眺めていました。その写真立てのネジが緩んでいたため、Mさんが手に取り開けたところ、中からもう一通の父親による遺言書が出てきたのです。
遺言書は何度でも書き直しができます。遺言書をいったん書いたものの、遺言者の気が変わり、何通もの遺言書が出てくるというのは、実はよくあることです。こういう場合、一通目と同様、自筆証書遺言でしたら、開封しないで家庭裁判所へ検認の申立てをします。
複数の遺言書が発見された場合、原則として、日付の新しいものが優先されます。しかし、その内容が他の遺言書を抵触しなければ、どちらも効力は失われません。遺言書には「自筆証書遺言」「公正証書遺言」「秘密証書遺言」がありますが、いずれも同様です。
Mさんの父親の遺言書は、一通目は主に不動産について、二通目は保険についてで、死亡保険金はすべてMさんを受取人とすると書かれていました。したがって、どちらも有効です。Mさんが弟や妹に払う代償金のことも、父親はちゃんと考えてくれていたのです。
それにしても、なぜ父親は遺言書をわざわざ二通に分けたのでしょう。単に遺す財産について考える時期が異なっただけかもしれません。しかし、Mさんは「遺産をもらうだけでなく、使途や弟妹のことも考えるように」との父からのメッセージと受け取りました。
今後を考えると、この豪邸で生活するには、固定資産税や維持管理の負担が大きすぎます。父親はMさんに「代償分割」するように遺言しましたが、将来を考慮すると「換価分割」のほうがよさそうです。迷った末、Mさんは当税理士事務所へ相談にいらっしゃいました。
実は、「代償分割」と「換価分割」では、相続税の計算方法が異なります。所得税の計算も、特例の適用額も異なります。まして、Mさんのように、固定資産税や自宅の維持管理費、将来の奥様やお子さんへの相続も配慮するとなると、一概にどちらが得とはいえません。
こうして考えると、相続税専門の税理士とは、つくづく相続人の人生と向き合う仕事だと思います。単純に相続税額が損するか、得するかだけではなく、相続人のケースや、人生観によっても異なるのです。
試算した結果、結局、Mさんは「換価分割」を選択されました。希望の売却価格より下がりますが、自宅は不動産業者に買い取ってもらうことになりました。実家にこだわりのある妹さんは、弟さんが説得してくれたそうです。相続で揉めたことで、本音が分かり、兄弟姉妹の結束が強くなるケースもあります。
なお、「公正証書遺言」は日本公証人連合会にてデータベース化されています。「自筆証書遺言」も法務局に保管でき、相続人等が照会できるようになりました。従来のような遺言書探しの苦労は減りつつあります。
岡野雄志
岡野雄志税理士事務所
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