遺言書や遺産は、ときに子どもへ恐ろしい負担を強いることがあります。本記事では、岡野雄志税理士事務所所長の岡野雄志氏が、遺言書や遺産のせいでトラブルになった事例を紹介します。※プライバシーに配慮し、実際の相談内容と変えている部分があります。

日本有数の「好立地豪邸」に住んでいた実家暮らし長男

兼好法師は、日本三大随筆の一つ『徒然草』第百四十段でこんなことを書いています。

 

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身死して、財(たから)残るは、智者のせざるところなり。よからぬもの蓄へ(たくわえ)置きたるもつたなく、よきものは、心をとめけむと、はかなし。こちたく多かる。まして口惜し。~後略~

※出典:国会図書館デジタルコレクション『徒然草:新釈[203]』

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簡単に要約すれば、「死んで多くの財産を遺すのは、賢い人のやることではない。よくないものばかり貯め込んで、本当に価値あるものに目を向けないとは情けない。遺産が多いなんて、むしろ甚だ迷惑だ」。

 

Mさんの父親も、そういう考えの人でした。自ら会社を興し、事業家としても成功していましたが、長男であるMさんにも、弟や妹にも継がせようとはしませんでした。長年片腕として信頼してきた部下に会社を譲ると、あっさりと経営から手を引きました。

 

引退してからは奥様、つまりMさんの母親と海外旅行や温泉旅行などを楽しんで、のんびり老後を満喫していました。しかし、その母親が亡くなってからはがっくりと老け込み、見る見る元気を失い、妻の後を追うようにあの世へ逝ってしまったのです。

 

実は、Mさんはずっと実家暮らしで、結婚後も両親と同居していました。父親は「子孫に美田を残さず」の人でしたから、自分でマンションの一つでも買えと何度も諭されました。しかし、孫と離れたくない母親がそのたびに反対。Mさんもそれに甘えてきました。

 

(写真はイメージです/PIXTA)
(写真はイメージです/PIXTA)

 

Mさんの実家は都心の一等地にあります。民間信用調査機関の東京商工リサーチ(TSR)による2020年「社長の住む街」調査では、近年、職場と住居が近い「職住接近」が進んでいるそうです。同調査による市区町村ベースの1~10位は以下の通り[図表1]

 

[図表1]「社長が住む街」ランキング<br/>参考:東京商工リサーチ『2020年「社長の住む街」調査』
[図表1]「社長が住む街」ランキング
参考:東京商工リサーチ『2020年「社長の住む街」調査』

 

非常に興味深いことに、国土交通省による「令和3年地価公示」を見ると、「標準地価格高順位一覧表(住宅地)」と多くの市区町村が一致しています[図表2]

 

[図表2]標準地価格高順位一覧表(住宅地)<br/>
参考:国土交通省『令和3年地価公示』
[図表2]標準地価格高順位一覧表(住宅地)
参考:国土交通省『令和3年地価公示』

 

つまり、Mさんの実家は、日本でも1、2を争うほど地価の高い場所にあったのです。しかも、600坪の敷地に2つの世帯がゆとりを持って暮らせる豪邸。固定資産税だけでも年間何千万円となります。

 

その実家の豪邸を「長男Mに相続させる」と記した遺言書を、父親は残していました。さらに、Mさんが実家を相続した負担として、弟と妹それぞれに代償金を支払うようにと書かれていたのです。

 

「これは、ずるずると実家に住み続けた自分に対する、亡くなった父親からの懲らしめに違いない」…Mさんは頭を抱えました。

 

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