こんな人材が日本にも欲しかった。オードリー・タン。2020年に全世界を襲った新型コロナウイルスの封じ込めに成功した台湾。その中心的な役割を担い、世界のメディアがいま、最も注目するデジタルテクノロジー界の異才が、コロナ対策成功の秘密、デジタルと民主主義、デジタルと教育、AIとイノベーション、そして日本へのメッセージを語る。本連載はオードリー・タン著『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』(プレジデント社)の一部を抜粋し、再編集したものです。

芸術作品には世界の味方を変える力がある

科学技術では解決できない問題に対処するために美意識を養う

 

民主主義社会で仕事をする上では、見る人に親近感を持ってもらうことです。見る人に嫌悪感や困惑を与えるようなものに対して、誰も参加して討論しようとは思わないからです。誰も参加しない民主主義は、単なる形式上のものにすぎません。一部の専門家が参加するだけでは、実際は誰も親近感を持たず、関心も持たない状況に陥るわけですから。

 

そういう状況になると、社会的な問題も関心を持たれず、民主主義は事実上、少数の人間が大多数のことを決めるものに変わってしまいます。そのため、民主主義を健全に発展させるためには、「いかにして人が寄り添うものにしていくか」が大きなポイントになります。

 

これは非常に重要な考え方であると同時に、一種の美的感覚が問われる問題です。様々な問題に積極的に向き合い、自らの価値観や美意識に照らし合わせて、「これは悪くない」「これは素晴らしい」などと実感する経験を繰り返すことで、「世界には自分たちとは異なる状況もある」という認識が生まれてくるからです。無関心であれば、このことに気がつきません。

 

げ術作品は、世界を見る目を開かせてくれるという。(※写真はイメージです/PIXTA)
芸術作品は、世界を見る目を開かせてくれるという。(※写真はイメージです/PIXTA)

そうした意味で、ある問題に対して「自分がどのような見方をするか」「どのような感想を抱くか」ということは、その人の価値観や美意識が深く関わってきます。

 

この「仕事と美意識」について、私たちがオープン・ガバメントとして進めているテーマを例にお話ししましょう。

 

私の執務室がある社会創新実験センターの建物内の倉庫には、中国大陸の故宮から運ばれてきた、様々な精神疾患を抱えていると思われるアーティストの作品が保管されています。私たちはこの場所に、精神疾患から回復し、長期的なリハビリを必要とする人を、ガイドや共同の創作者として招く計画を進めています。

 

その目的は、彼らにしか見えない角度から作品を見てもらうことです。精神障害には多様なものがありますが、彼らと芸術家の心の領域が重なる部分については、私たちのような一般人には推し量れないものがあります。彼らから、その世界に私たちに案内してもらいたいのです。

 

「美意識」とは、個人が持つ審美眼だけではありません。自分とはまったく違う人たちとつながる芸術を通じて、自分の視野を広げる方法も含まれています。どんな方法であれ、私は彼らの目線で世界を見てみたいと思っています。芸術作品や芸術空間には、「個人がもともと持っていた世界の見方を変える」効果があります。「こんな見方もあるのか」と思わせてくれることで、世界を見る目を開かせてくれるのです。

 

こうした美学、美意識の概念を養成するためには、できるだけ多く、アーティストやデザイナーの創作プロセスに参加することが大切になります。そうすれば、作品がどのように創作されたのかがわかり、作家の理念がどこにあるのか、素材をどのように使うのか、作品をどのように発表していくのかを知ることができるのです。

 

だから、たくさんの展覧会へ出かけることよりも(もちろんそれも有益ですが)、作家と一日あるいは二日間一緒に過ごす体験をするほうが、「美しさを創作する力」を感じることができるはずです。

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オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る

オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る

オードリー・タン

プレジデント社

2020年に全世界を襲った新型コロナウイルス(COVID‐19)の封じ込めに、成功した台湾。その中心的な役割を担い、2020年新型コロナウイルス禍においてマスク在庫管理システムを構築、台湾での感染拡大防止に大きな貢献を果たす。…

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