芸術作品には世界の味方を変える力がある
科学技術では解決できない問題に対処するために美意識を養う
民主主義社会で仕事をする上では、見る人に親近感を持ってもらうことです。見る人に嫌悪感や困惑を与えるようなものに対して、誰も参加して討論しようとは思わないからです。誰も参加しない民主主義は、単なる形式上のものにすぎません。一部の専門家が参加するだけでは、実際は誰も親近感を持たず、関心も持たない状況に陥るわけですから。
そういう状況になると、社会的な問題も関心を持たれず、民主主義は事実上、少数の人間が大多数のことを決めるものに変わってしまいます。そのため、民主主義を健全に発展させるためには、「いかにして人が寄り添うものにしていくか」が大きなポイントになります。
これは非常に重要な考え方であると同時に、一種の美的感覚が問われる問題です。様々な問題に積極的に向き合い、自らの価値観や美意識に照らし合わせて、「これは悪くない」「これは素晴らしい」などと実感する経験を繰り返すことで、「世界には自分たちとは異なる状況もある」という認識が生まれてくるからです。無関心であれば、このことに気がつきません。
そうした意味で、ある問題に対して「自分がどのような見方をするか」「どのような感想を抱くか」ということは、その人の価値観や美意識が深く関わってきます。
この「仕事と美意識」について、私たちがオープン・ガバメントとして進めているテーマを例にお話ししましょう。
私の執務室がある社会創新実験センターの建物内の倉庫には、中国大陸の故宮から運ばれてきた、様々な精神疾患を抱えていると思われるアーティストの作品が保管されています。私たちはこの場所に、精神疾患から回復し、長期的なリハビリを必要とする人を、ガイドや共同の創作者として招く計画を進めています。
その目的は、彼らにしか見えない角度から作品を見てもらうことです。精神障害には多様なものがありますが、彼らと芸術家の心の領域が重なる部分については、私たちのような一般人には推し量れないものがあります。彼らから、その世界に私たちに案内してもらいたいのです。
「美意識」とは、個人が持つ審美眼だけではありません。自分とはまったく違う人たちとつながる芸術を通じて、自分の視野を広げる方法も含まれています。どんな方法であれ、私は彼らの目線で世界を見てみたいと思っています。芸術作品や芸術空間には、「個人がもともと持っていた世界の見方を変える」効果があります。「こんな見方もあるのか」と思わせてくれることで、世界を見る目を開かせてくれるのです。
こうした美学、美意識の概念を養成するためには、できるだけ多く、アーティストやデザイナーの創作プロセスに参加することが大切になります。そうすれば、作品がどのように創作されたのかがわかり、作家の理念がどこにあるのか、素材をどのように使うのか、作品をどのように発表していくのかを知ることができるのです。
だから、たくさんの展覧会へ出かけることよりも(もちろんそれも有益ですが)、作家と一日あるいは二日間一緒に過ごす体験をするほうが、「美しさを創作する力」を感じることができるはずです。