こんな人材が日本にも欲しかった。オードリー・タン。2020年に全世界を襲った新型コロナウイルスの封じ込めに成功した台湾。その中心的な役割を担い、世界のメディアがいま、最も注目するデジタルテクノロジー界の異才が、コロナ対策成功の秘密、デジタルと民主主義、デジタルと教育、AIとイノベーション、そして日本へのメッセージを語る。本連載はオードリー・タン著『オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る』(プレジデント社)の一部を抜粋し、再編集したものです。

計算は「数学の原理だけを学べばいい」と確信

AI推論とウィトゲンシュタインの哲学

 

初めてAIに出会ったのも14歳の頃でした。「全国中学生科学技術展」のテーマが「論理的推論」で、「世界の事情について記述し、その内容について自分自身で論理的な推論をして、論理的な結論を導き出しなさい」という問題が出されました。ここで初めてAI推論のことを知り、興味を抱きました。ちなみに、このときの私の作品は「Arithmetic圧縮演算法の実践について」というものでした。

 

AI推論に興味を持ったのは、子供の頃から数学が好きだったからですが、私は書くスピードが遅いので計算に時間がかかり、あまり好きではありませんでした。でも、後にパソコンにそうした面倒な部分を代行させることで、計算が早く済むことに気がつきました。そのとき、「数学の原理だけを学べばいい」と確信したのです。証明などは自分で行わずにコンピュータにやらせればいいじゃないか、と。

 

これをたとえるなら自転車のようなものです。どちらに進むか、いつペダルを踏むかを決めれば、あとは自転車の動きに任せてしまえばいいのです。この一歩一歩ペダルを踏み込むごとにさらに先に進んで行けるような感じが、スティーブ・ジョブズの「精神的な自転車」(道具を使えば、目的をより早く、より簡単に達成できること)のようでした。

 

初めてAIに出会ったのも14歳の頃で、AI推論のことを知り、興味を持ったという。
初めてAIに出会ったのも14歳の頃で、AI推論のことを知り、興味を持ったという。

 

中学生の頃、一冊の本と出合いました。オーストリアの思想家ルートヴィヒ・ウィトゲンシュタインの『論理哲学論考』です。その中に推論の基本が述べられています。ただ、基本的な原理は「真理表」と呼ばれる表を何枚も描かなければならず、手作業で行うのは、正直、面倒です。そこで私は、こうした面倒な部分を全部コンピュータに作業させることを思いつきました。

 

たとえば、私がコンピュータに「人は必ず死ぬ、ソクラテスは人だ」という前提を入力すれば、コンピュータは「ゆえにソクラテスは必ず死ぬ」という推論結果を導き出してくれます。これは最も基礎的な三段論法ですが、ここから多くの論理的推論を行うことができます。このように数学者が証明を行うのを支援することもできることに気づいて、私はAI推論にどんどん興味を持つようになっていきました。

 

私はウィトゲンシュタインから強い影響を受けました。彼の哲学思想は、前期と後期に分けられます。前期における主要な思想は『論理哲学論考』にまとめられていますが、そこからウィーン学派や認知科学などの考えが生み出されました。後期の思想は、「言語ゲーム論」と呼ばれ、言語の意味を特定のゲームにおける機能として理解すべきというものです。

 

彼の思想は、非常に独特なアイデアから構築されています。比較的初期のAIが反復学習に終始したり、専門家に限られたシステムだったのは、前期のウィトゲンシュタインの思想と類似しています。ウィトゲンシュタインの後期の著作では、言語の意味は必ずしもその文章の構造によって決まるのではなく、社会における実際の使われ方に依存していると指摘しています。

 

AIというものの意義が、この社会においてただ単純に定まるというのではなく、やはり「人間による使われ方によって、AIの存在意義というものが変わってくる」という考え方は、後期ウィトゲンシュタインの思想と類似するものといえるかもしれません。

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オードリー・タン デジタルとAIの未来を語る

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オードリー・タン

プレジデント社

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