文才があれば、プログラムをうまく書ける理由
私がこのようなアート的な感覚、あるいはアート教育を重視するのは、既存の可能性にとらわれないようにするためです。アートとは、自分の見た未来のある部分を他の人に見せることで、それにより未来の可能性を開こうとするものです。
仮に、サイエンスとテクノロジーしか学んでいなければ、学んだ内容は誰もが同じになってしまいます。これでは標準的な答えを暗記しているにすぎません。その意味で、サイエンスとテクノロジーのみで社会の構造的な問題を変えようとするのは、極めて難しいのです。
サイエンスとテクノロジーは、「既存のプロセスを最適化する」とか「最適化の速度を上げる」とか「より低コストで実行できるようにする」といった部分には貢献するでしょう。しかしながら、直面した問題が非常に大きかったり、複雑だったり、たとえば気候変動のような問題に対処する場合に、サイエンスやテクノロジーのような直線的な思考だけで問題を解決することは、不可能です。
そうしたときに、既存の枠から飛び出すことや、創造力を発揮することが非常に重要になります。そんな創造力を培うために、美意識とかアート思考、デザイン思考といったものが重要になってくるのではないか、と実感しています。
さらに、文学的素養も大切です。
私が非常に尊敬するプログラマーの先輩がいます。その人は「プログラムをどれだけ上手に書けるかどうかは、母国語の運用能力がどれだけ優れているかにかかっている」「文才があればあるほど、プログラムがうまく書ける」と断言していました。理想的なプログラムを書き上げるためには、頭の中にある概念を文字に変換していかなければいけません。これは文学と同じです。プログラミングのコードと、文学における韻を踏むことが異なるだけです。
ゲーテは『ファウスト』のような大きな戯曲を書き上げましたが、一つひとつの文章を見れば、長編詩やオペラのように韻が踏まれています。母国語を自在に使いこなせるような人でなければ、『ファウスト』のような大きなプログラムは、書くことができないでしょう。ですから、デジタルの時代になればなるほど、文学的素養は欠かせず、重要性を増すのです。
オードリー・タン
台湾デジタル担当政務委員(閣僚)
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