チェルノブイリ原発の事故も「組織の安全文化」が原因
組織事故とは、その影響が個人レベルにとどまらず、組織全体にあるいは社会にまで及ぶ事故のことを言います。
組織事故は、多くの場合、単一個人の独立した作業エラーから起こるというよりも、システムにおける作業のつながりの不備から生じるといわれています。安全を重視するという考え方、すなわち文化が欠如すると組織事故の可能性が高くなるのです。
1986年4月26日1時23分、ソビエト連邦(現:ウクライナ)のチェルノブイリ原子力発電所4号炉で爆発事故が発生し、周辺地域だけでなく全世界に大きな影響を与えました。
ソ連政府は当初、事故は運転員の操作ミスによると発表しましたが、実際は安全を十分に配慮しなかった実験関係者の判断が甘かったと考えられています。
後にINSAG(国際原子力機関(IAEA)の国際原子力安全諮問グループ)は、「組織全体が安全を重視するという考えが欠落していたことだ」として、組織全体が安全に配慮するという雰囲気の重要性、つまり安全文化の重要性を強調しました。
ここで、国際原子力機関の定義を紹介しておきます。
安全文化とは、「他の何よりも優先され、原子力プラントの安全問題が最大の重大事であるとして注意が払われ、それを保証する組織および個人の特性と態度の集合体である」。要するに、みんなが安全を最優先に考えるということです。
この事故後、さまざまなところで安全文化の重要性が着目されるようになりました。
組織の「安全文化」=正しい情報を積極的に集める文化
では、安全文化はどのようにすれば醸成できるのでしょうか。誰もが安全文化の重要性を理解しています。しかし、「文化」などというものを、私たちは操作することができるのでしょうか。
また、この抽象的なものを、どのように扱えば醸成というような状態にできるのでしょうか。これについて明確な答えは、なかなか見つけ出すことができませんでした。
この問題に解答を与えたのがリーズン(Reason, J.)※2でした。彼は安全優先の考え方が浸透している組織を分析し、1つの共通点があることを見出しました。それは、安全を重視している組織では、ヒヤリハット事象、軽微な事象を積極的に集め、このことが知的で望ましい警戒状態を継続していくもっともよい方法だと考えているということでした。
※2 イギリス・マンチェスター大学。Managing the Risks of Organizational Accidents, Ashgate Publishing Limited, 1997.(塩見弘監訳:組織事故—起こるべくして起こる事故からの脱出、日科技連出版社、1999)
そこで「安全文化を実現するには、情報に基づく文化を構築することだ」と考えました。この「情報に基づく文化(Informed Culture)」が不可欠であり、逆にこれが欠落している、つまり、トップや経営層に現場の問題が十分に理解されていないとか、情報が隠蔽される組織では経営判断を誤る可能性があるということでした。
これは当然です。人間の行動はB=f(P、E)で説明することができました。このことから、正しい情報がなければ正しい判断は不可能だということがわかります。どれだけ優秀な人であっても、判断に必要かつ十分な情報がなければ正しい判断はできないのです。
情報に基づく文化が大事だということはわかりましたが、ではどうすればその文化が醸成されるのでしょうか。リーズンは「情報に基づく文化」をさらに分析し、具体的にどのようなもので構成されているかを調べました。その分析の結果、情報に基づく文化は4つの文化で構成されていることがわかりました。それらは、
①報告し続ける文化(Reporting Culture)
②正義の文化(Just Culture)
③柔軟な文化(Flexible Culture)
④学習し続ける文化(Learning Culture)
です。
河野 龍太郎
株式会社安全推進研究所 代表取締役所長