「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母親が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。日本の高齢化は進み、高齢者と後期高齢者という家族構成が珍しくなくなってきた。老いと死、そして生きることを考えていきます。本連載は松原惇子著は『母の老い方観察記録』(海竜社)を抜粋し、再編集したものです。

生きるすべを身につけている通い猫

猫だらけの妖怪ハウス

 

妖怪の家には、野良猫のチーちゃんが通ってくる。そして、いつしか、飼い猫のような扱いになっている。本当の三毛ではなさそうだが、3色柄の推定15歳のメス猫だ。この猫はただ者ではない。グレと違い、社会経験が豊富で、生きるすべを身につけている。

 

身重のときにうちの物置で出産させてあげたことから、妖怪との距離が縮まり、今では、家に上がれる猫にまで昇格した。

 

通い猫のチーちゃんは社会経験が豊富で、生きるすべを身につけているという。(※写真はイメージです/PIXTA)
通い猫のチーちゃんは社会経験が豊富で、生きるすべを身につけているという。(※写真はイメージです/PIXTA)
 

「野良猫は病気を持っているから、家の中に絶対に上げちゃだめよ」

 

とわたしが再三注意するが妖怪は聞く耳を持たず、まるで、「だるまさんが転んだ」のように1メートルずつ中に入り込んでいる姿には思わず、笑わざるをえない。ついにチーちゃんの定位置は妖怪のベッドの上になった。

 

とても賢い猫なのはいいが、わたしが彼女のことをあまり好きではないのを彼女は知っているのが、気にくわない。

 

チーちゃんは、妖怪が外出するときは察知し、自分から外に出て行く。また、妖怪が帰ってくる時間になると、どこで見ているのか、さあと姿を現す。そして、どんなに寒い日でも、大雨の日でも、妖怪が寝る夜9時になると、自分から出て行く。模範的な愛人のようなふるまいに、おかしくなる。

 

妖怪は、聞いたこともないほどやさしい声で「明日も来てね」と送り出す。そして、朝、妖怪が起きる6時になると、愛人は約束通りに、軒先で待っているのだから、妖怪にはたまらない相棒だ。妖怪が元気でいられるのは、チーちゃんの存在によるところが大きい。

 

猫は幸せをくれる

 

猫は幸せをくれるというが、これは本当だ。特に高齢者にとってはなおさらだ。これから高齢者大国になる日本だが、猫を飼うだけで、生きる意欲もわいてくるので、ぜひお薦めしたい。

 

「チーちゃんはえらいね。ほんとうに利口な子だね。あの2階の子、あれは猫じゃないよ。怪獣だよ」

 

と、チーちゃんをなでながら妖怪がつぶやいている。本当はグレのことがかわいいくせに。

 

妖怪ハウスには、通い猫チーちゃんのほかに、庭に現れる野良猫が何匹もいる。最近は、白猫が来ているが、その前はオスのトラ猫が来ていた。いろいろな野良猫が好きなときに来て、好きなときに姿を消す。野良猫なのでどの子も警戒心が強く、わたしたちがいる前では、出されたカリカリを決して食べない。

 

野良の世界は厳しい。ときには見ていられないほど深い傷を負った猫も来る。顔がじくじく膿んでいる。しかし、獣医さんのところに連れていきたくても触らせるわけもない。そうだよね。みんな、それぞれに与えられた運命を生きているのだ。

 

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母の老い方観察記録

母の老い方観察記録

松原 惇子

海竜社

『女が家を買うとき』(文藝春秋)で世に出た著者が、「家に帰ったとき」あることに気づいた。50年ぶりにともに暮らすことになった母が、どうも妖怪じみて見える。92歳にしては元気すぎるのだ。 おしゃれ大好き、お出かけ大好…

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