2020年、新型コロナの感染拡大で世界の自動車産業も大きな打撃を受けた。ほぼすべての自動車メーカーが巨額赤字を計上するなか、トヨタ自動車は2020年4月~6月期の連結決算(国際会計基準)では、当然のように純利益1588億円を達成した。しかも、2021年3月期の業績見通しは連結純利益1兆9000億円と上方修正して、急回復を遂げる予想だ。命運を分けた最大の理由はトヨタ自動車の優れた危機対応力にあった。

トヨタは数々の危機を乗り切ってきた

危機管理と対処は実はどこの会社でもやっていることだ。そして、どこも特別、変わったことをやるわけではない。

 

たとえば…。

 

担当者を決める。会議を開く。情報を収集する。対策を決めて、実行する。

 

これに尽きる。

 

どの会社でも、こうした対処で危機を乗り越えてきた。トヨタだって、原則的なやり方は同じだ。

 

ただし、トヨタは他社がなかなか真似できないことをやっている。たとえば、「社長や幹部に報告書を上げない」のは好例だ。トヨタでは社長や幹部たちは大部屋にやってきて、自ら危機の状況と対処を情報収集する。

 

トヨタの生産ラインは従業員にも止める権限が与えられているという。(画像はイメージです/PIXTA)
トヨタの生産ラインは従業員にも止める権限が与えられているという。(画像はイメージです/PIXTA)

 

社長自らが主導しない限り、こんなことはできない。トヨタは危機を乗り越える際、ちゃんと自分たちの武器を持って戦っている。そして数々の危機を乗り切ってきただけに、武器の種類もまた豊富だ。

 

この連載ではトヨタの危機管理が他の会社とはどこが違っているのか。特徴を抜き出して、解説する。

トヨタの商いの三原則「か・け・ふ」とは

危機管理は平時からやる

 

危機管理は平時からやっておけば、いざという時でもあわてることがない。壁管理と白板を使うこともトヨタではつねにやっていたことだ。日々のルーティンになっていて、自在に使いこなしていたから、危機の際に用いることができたのである。

 

ここではトヨタと同様に、平時から危機管理の思想を持っている伊藤忠を例に取り上げる。同社には「か・け・ふ」という商いの三原則があるが、そこには日頃から緊張感を持って働いている様子がうかがえる。

 

なお、かけふとは「稼ぐ・削る・防ぐ」の頭文字をつなげた言葉だ。

 

かせぐ

よく稼ぐ商人に必要なものは「勘」という説もあり。商いは、相手を瞬時に見抜く目にかかっている。いつも本能を研ぎすませ、一生懸命コツコツと、小さな成功体験を積み重ねた先にある勘は、科学でもうまく説明できない説得力がある。

 

けずる

削るは商いの基本。余計な支出。無駄な会議。不要な接待。多すぎる残業。削る、削る、トントン削る。それは、終わりのない掃除のようなもの。徹底すれば、低重心で隙のない商いの姿勢を保てる。削ることで生まれるものが、尊い。

 

ふせぐ

防ぐは、稼ぐ・削るより難しく、最重要。

 

サッカーの試合で一点の負けを取り返す苦労があるように、損した分まで稼ぐことがいかに大変か。一億を稼ぐより、まずは一億の損を防ぐ。防ぐと稼ぐは表裏一体。防御こそ最大の攻撃なり。稼ぐは商人の本能。削るは商人の基本。防ぐは商人の肝。

 

経営理念、会社の方針といえば前向きで、イケイケどんどんの言葉が当たり前だ。それなのに、伊藤忠の商いの三原則は三つのうち、実にふたつ(「けずる」「ふせぐ」)がネガティブな部分を見つめてカイゼンしていこうという意思を表すものだ。「けずる」と「ふせぐ」は危機管理にも通ずる言葉と言っていい。

 

同社が三菱商事、三井物産という巨人に追い付き、追い越すことができたのは、「かけふ」を徹底していたからであり、「けずる」と「ふせぐ」を忘れなかったからだ。

 

高度成長の時代であれば「進め進め」の号令だけで小さな危機を乗り越えることはできただろう。しかし、大きな震災、五〇年に一度の台風、新しい感染症の蔓延といった想像すらできないような危機がやってくるようになった現在、自らの弱いところを見つめる勇気がなければ危機の時に地力を発揮することはできない。

 

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本連載は野地秩嘉著『トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力』(プレジデント社)より一部を抜粋し、再編集したものです。

トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力

トヨタの危機管理 どんな時代でも「黒字化」できる底力

野地 秩嘉

プレジデント社

コロナ禍でもトヨタが「最速復活」できた理由とは? 新型コロナの蔓延で自動車産業も大きな打撃を受けた―。 ほぼすべての自動車メーカーが巨額赤字となる中、トヨタは当然のように1588億円の黒字を達成。 しかも、2021…

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